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michianri

Author:michianri
せつない 想い…
つたない ことばたち…
やりきれない 心…

『詩片日記…薔薇園…片想い』

第一章『詩片日記』
surrealiste
 hypochondrie
    ~prologue
       灰川道緒

第二章『薔薇園』
     
       鵜沓 綾

第三章『片想い』

       野川美千夫  

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(c) 片想い…
design by Echizen
photo by mizutama

せつない ラヴレター つたない ことば やりきれない 日々… 


「わたし、母を知らないんです…」彼女がぽつんと言った。
「わたしが生まれた時、死んでしまって…だから祖母に育ててもらって」彼女の伏せた眼の、まっすぐの睫毛が美しかった。わたしがしたように、白い桔梗の鉢を撫でながら、彼女は言った。 
「この名前、祖母の名前と同じなんです…」彼女はそう言うと、あの場所でやったように、名前の上を撫でた。
「なぜでしょ、あのお家に祖母の本が?…でも、祖母のものとはかぎらないですね、同じ名前の方かもしれない…わたしは祖母とあの家で暮したことはないし、祖母もたぶんあのお家のことは知らないと思う…」彼女がわたしを見た。
「……」わたしは言葉が見つからなかった。先ほど庭から摘んできたレモンバームのお茶を彼女に入れて、黙ってすすめた。
「ああ、いい香り…わたし、母の顔も知らないんです…写真は撮らなかったって、祖母は言っていたけれど、そんなことってないですよね、一枚ぐらいあっても…」そう言ったあと、しばらく黙っていた彼女の眼から、ひと粒の泪がこぼれ落ちて、レモンバームのお茶の淡い色のなかに溶けて、波紋を作った。わたしは女性の泪に弱かった。男はみんなそうかもしれない。その泪が心を揺り動かして融かし、女の心へ流れ込んで行ってしまうのだ、きっと。わたしも泪が溢れてきた。母の顔が思い浮かんだ。母も写真は少なかったが、その若い頃のはつらつとして、上品な装いと、白黒写真のなかの滲んでさらに澄んだように美しいたましいとを想い出し、彼女の母の、暗闇に似た顔写真が重なって、わたしのカップにも、数滴の泪が溶けていった。
 わたしは再び彼女を抱きしめたい衝動にかられた。彼女にハンカチを渡しながら、そっとその手を握りしめた。彼女も握り返してきた。手と手が、指と指が重なってわたしの心は、彼女を彼女を抱きしめていると同じと感じた。
「ぼくの母の写真、見せましょうか」突然口をついて言葉が出てきた。
「ええ、ぜひ…」彼女も笑顔になった。
 わたしはベッドの上に乗って、両側のダンボールのなかのアルバムを探した。彼女はそれを、顎に手を置いて眺めていたが、らちがあきそうにもなかったので、
「わたしもさがします」そう言ってベッドに乗ってきた。そしてわたしとは反対の方を探した。そのうち、お尻とお尻がぶつかって彼女のお尻にわたしは突き飛ばされて、ダンボールの海へ投げ出された。
「ごめんなさい!美千夫さん、大丈夫?」彼女は笑っていた。
「ええ…ありました、おかげで」わたしが手を突っ込んだダンボールのなかに、数冊のアルバムがあった。それを取り出して抱えると、彼女がベッドの上に引きあげてくれた。
「ありがとう…このアルバム」そう言ってふたりでベッドに並んで腰かけ、アルバムをひろげた。
 始めの方のページは、わたしたち姉弟の赤ん坊の時の写真が、黒い台紙に貼られていた。
「これ、美千夫さん?」裸で泣いている浸りの赤ん坊の一人を指して、彼女は聞いた。
「ええ、ぼくかな…」「こっちは?」「姉です」「双子?」「ええ…」
「ああ、いいなあ…双子、わたしあこがれるんです!」「なぜ?」「なぜって…なぜかな…だって同じ人がふたりいるんですもの」
「ふふふ」わたしは可笑しくなった。真面目な彼女の顔が、あまりにも真剣だったから。
「そうかな…でもぼくたちは二卵性だから、あまり似ていないと思う」
「お姉さまは?」
「ええ、いま海外で活躍中!」
「え?」
「彼女、ヴァイオリニストで、世界中を飛び回っていて…」
「そうなんですか、それでグランドピアノが?」
「ええ、ときどき姉の伴奏をさせられていたんです…もちろん学生のときだけど」
「ふーん、うらやましいな…姉弟って」
「あやさんはひとりっ子ですか?…じゃぼくを姉弟だと思って!」
「え、美千夫さんと姉弟ですか?」
「いや?」
「いえ…美千夫さんおいくつ?」
「ぼくですか…ことし三十五です」
「え!わたしとおなじだ」
「…ほんとですか?」
「ほんとうです!」そう言って彼女はわたしの腕をつかみ、わたしを正面から見た。そして、「じゃ、双子ですね!」そう言うと、わたしの肩に寄りかかってきた。彼女の髪のいい匂いがした。
「双子!双子だ!わたしたち双子!」なんだかとっても嬉しいことがあったように、彼女ははしゃいだ。ただわたしたちの年齢が同じだっただけなのに…
「ぼくはあやさんより年下かと思ってた…」
「まあ、わたしはとうぜん美千夫さんより下かと!」
「とうぜん?」
「そう、とうぜん…図書館で、しかめっ面で…そして変な形の籠でしょ!」
「籠は年齢と関係ないと思うけど」
「ふふふ、わたしそうとう上のかただと思ってました」
「じゃ、あのコートかな?…変な色だし、古いし…」
「そうね、あのコートのせいかも…でも、ライの鳴き声が…わたし、きっかけが欲しかったのかな、この人となぜか話してみたいなと思っていたから」彼女はそう言ってわたしの腕を人差し指でつついた。わたしはぴくぴくと身体が震えた。嬉しかったのだ。彼女と出逢って、話をして、こうやってベッドに腰かけて、ふたりで同じアルバムを見て…
「これお母さま?」真ん中あたりに、母の若い頃の写真が数枚あった。
「綺麗!…美しい!」彼女は素直に感動していた。そして母の写真に見入った。
「母は若くして亡くなったんです、だから写真があまりなくて…でもぼくたちの心のなかには鮮明に母が残っていて、ほんとうにやさしい人だった…いい思い出ばかりで、もっと生きていてくれたら…ごめんなさい、あやさん、あやさんのお母さんもきっと心残りだったでしょうね、その気持ちよくわかります、わかるような気がします」
「ええ、ありがとう、美千夫さん…でも祖母がやさしかったから…こんど祖母の写真お見せしますね」そう言うと彼女はアルバムをぱたんと閉じて、もう帰らなきゃ、と言って、ベッドをおりて、バッグを持って、また来ますと言って、帰っていった。残されたわたしは、ぽつんとベッドの上で、膝を抱えて、ライとともに彼女の出て行った方向を見つめていた…車のドアの閉まる音が聞こえて、エンジンがかかり、走り去っていった。
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