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michianri

Author:michianri
せつない 想い…
つたない ことばたち…
やりきれない 心…

『詩片日記…薔薇園…片想い』

第一章『詩片日記』
surrealiste
 hypochondrie
    ~prologue
       灰川道緒

第二章『薔薇園』
     
       鵜沓 綾

第三章『片想い』

       野川美千夫  

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せつない ラヴレター つたない ことば やりきれない 日々… 


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 わたしはそれからも、ライを籠に詰め込んで図書館へ通った。彼女の前を通るとき、わたしが軽く頷くと、彼女はくちびるに人差し指をあてて、わたしと籠のなかのライに合図を送った。わたしは微笑んでいつもの指定席に座り、時の過ぎ去るのを待った。ナンキンハゼの葉は真っ赤になっていた。その赤い葉のあいだに白い種子が、葉のそよぐたびにあちこちに見えた。
彼女が一冊の本を持ってきてくれた。
「野川さん、この本ご存知ですか」わたしはそれを見た…ああ、ルドゥテ!わたしが植物画の神と崇める、ルドゥテ…そのユリ科植物図譜だった。いちど、ギャラリーに併設された書店で見たことはあったが、ただ手にとって、手でさすって、書棚にそっと戻したんだ。その本だった。
「ええ、いちどどこかで見たことありますけど…買えなかった」だって数万円もする復刻版なんて、わたしにはとうてい無理だった。その本が今、彼女の手からわたしの手に渡されたんだ。昔の本の大きさはなんて心地いい、大きさと、重量感と、色合いなんだろう!わたしはうっとりとした。なかを開くこともせず、ずっとその表紙を眺めていた。見かねた彼女が本をテーブルに置いてくれて、一ページ目を開いた…ああ、ジョゼフィヌ!傲慢な女性のように言われているけれど、その欲望が植物蒐集に向いたとき、たぐい稀なコレクションをマルメゾンに創りあげたのだ。膨大な、薔薇や球根植物のコレクション、多肉植物のそれや、画家や、園丁たちのコレクションも、一流のものを集めたのだ。そのひとり、ルドゥテは、ジョゼフィヌのコレクションを次々と描いていった。いまで言うユリ科やヒガンバナ科やラン科をはじめとするこの単子葉植物図譜は、ほんとうに美しかった。わたしはふたたびこれを眼にして、ふたたび感動した。細密度と省略度の絶妙なバランスと、透明水彩のやわらかさと鋭敏さ、そして完璧な構図…ああ、もはやわたしは描くまいと思った。そうふたたび思った。
 彼女が一ページずつめくっていくと、わたしはしだいに力が抜けて、悲しい顔になっていった。それとともに彼女のめくる速度も遅くなり、ついに、わたしがもっとも美しいと感ずる、Iris arenariaのところで止まった…ため息が出た。葉が完璧だった。わたしもIris属を多く描いているけれど、こんなにも繊細でやわらかく、美しい絵画の葉は見たことがないと思った。たぶんIrisの葉を描いた者にしかわからない、この葉の微妙な曲線と色と、平行脈葉の魅力を的確に捉えていた。
 わたしは顔を両手で覆った。彼女が横に座ってわたしを見ていた。そして、そっとわたしの腕に触れた。彼女のやさしい心が伝わってきた。
「もうすぐお昼ですね…今日は外でランチしましょう!」彼女が明るく言ってくれた。
「…ありがとう、素敵な本を」
 わたしたちは、ナンキンハゼの下のベンチに座ってお昼を食べた。彼女がサンドイッチとライの餌を持ってきてくれていた。朝のメールで彼女がそう言ってくれたんだ。ときおり、紅葉した葉が降ってきた。彼女はそれをひとつ取って、わたしの手のひらに置いた。
「ありがとう…灰川さん」
「あやと呼んでください…みちおさん」ふふふと彼女は笑って、トマトを頬張った。わたしもトマトを口に入れて、ふたりで顔をあわせて、微笑んだ。
「あやさんは、なぜあの家を出たんですか」わたしは率直に聞いてみた。
「祖母の介護で…」彼女は下を向いて、そう言った。
「そうだったんですか…今も?」
「いえ、数年前に祖母は亡くなって…今は…」今は?わたしは聞きたかったけれど、聞かなかった。彼女もそれ以上はなにも言わなかった。
「…じゃ次のお休みの日から、ボタニカル始めます?」わたしはきわめて明るく言った。彼女も微笑んで、
「ええ、お願いします」と明るく答えた。

 それからという日々は、なんとわたしをうきうきとさせたことか。今まで何度か個人レクチャーしたことはあったが、まったく意味が違っていた。意味が?そう意味が!だって、彼女とこの「お家」で過ごすことは、わたしの生きる意味を二倍にさせたんだからね。
 わたしは最初の木曜日を待った。準備のために図書館へも行かず、レクチャールームをこしらえた。東側のいちばん広い部屋を使うことにした。そこに机と椅子を並べ、わたしも彼女と一緒に描けるようにした。
 雑然とした小物類は、フェイク暖炉とピアノの上に綺麗に並びかえて、丸テーブルにはすぐにお茶を出せるように、カップとティーポットを置いた。
 彼女用の色鉛筆も揃え、紙も小さく切り、カルトンも、モデルを挿す小瓶も、すべて準備した…でもあと三日もある。
 わたしは、自分の仕事が手につかなくなった。最近はほとんど出かけていたので、描くことはまれだったが、このところ家にいて、仕事机の前に座るけれども、どうしても色鉛筆が紙の上をすべらなかった。あの騒音のせいもあったが、彼女のせいでもあった。彼女のことを考えだすと…あの事務服とめがねの女性と、わたしの家での彼女とのギャップがいつもわたしを夢のなかへ誘ったから、仕事が手につくはずもなかった。綺麗な長い指と、形のいい爪と、人差し指の指輪と、そして、左手に持つ色鉛筆…その手を早く見たかった。彼女の姿を、わたしの家での姿を、夢想した。
 彼女の来るはずもない、窓から見える向こうの道を眺めては、ため息をついた。

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