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michianri

Author:michianri
せつない 想い…
つたない ことばたち…
やりきれない 心…

『詩片日記…薔薇園…片想い』

第一章『詩片日記』
surrealiste
 hypochondrie
    ~prologue
       灰川道緒

第二章『薔薇園』
     
       鵜沓 綾

第三章『片想い』

       野川美千夫  

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(c) 片想い…
design by Echizen
photo by mizutama

せつない ラヴレター つたない ことば やりきれない 日々… 


 訪問の約束をして、図書館を出たわたしは、なんだかいつもと違っていた。傘を高くかかげて、大股で家路を急いだ。わたしは単純だなと、自分を笑ってやった。日頃、人恋しいなんて思うこともなかったのに、環境の変化は、わたしの心に空洞をうがち、それに蓋をするべく、なにかを探し求めさせたのだ。そして、ライのくしゃみのおかげでその蓋をあの女性が演じてくれそうなことを考えると、帰り着いたら、ライを抱きしめてやらねばと思った。あの女性の胸の匂いがまだ、ライの身体に残っているかもしれないと思いながら…

 その日はやってきた。休館日の木曜に彼女はやってきた。よくは知らないけれど、たぶん英国製の可愛い車を運転して、家の前で止まった。わたしは車を持たないので、駐車する場所は門の前しかなかったが、彼女はそこにぴったりと寄せて、上手に止めた。ドアを開けて降りてくる彼女を見て、わたしは眼を疑った。ほんとうにあの女性だろうかと。長い髪を肩から背中に垂らし、サングラスをかけ、短いフレンチベージュのワンピースからすらっとした脚を出していた。
 わたしは玄関から、ライといっしょにその姿を見ていた。彼女はサングラスをはずしながら、お屋敷の方を見た。元お屋敷は、今では鉄の柵で囲まれ、その開いたゲートからは、たくさんの資材と、杭打ち機の鉄塔が見えていた。彼女は首を横に振って、肩でため息するのが見えた。
 彼女はわたしたちの方へ歩いてきた。そして言った。
「あの森はどうしたんですか?」…なんだかわたしが責められているようだった。
「…」わたしはたぶん悲しい眼をして彼女を見た。
「あのオガタマノキは?」わたしはそこにいたたまれなくなり、家のなかへ入っていった。彼女は玄関ドアのところに立っていた。
「…どうぞ」わたしはそう言うのがやっとだった。あの木の精がいっきにわたしに流れ込んできて、わたしの心も身体も、冷たくさせてしまった。
「…失礼します」彼女が上がってきた。そしてまたあの時の笑顔にもどって、
「可愛いお家、そのままですね…」そう言って部屋を見渡し、うれしそうに微笑んだ。わたしも彼女の笑みを見て、ふたたびもとのわたしに帰った。
「どうぞ…こっちでお茶をしましょう」わたしはそう言って、彼女をテラスに案内した。すでに小さなテーブルの上には、ティ・コゼとカップを揃えていた。
「わあ!…」彼女はわたしの庭を見て、喜んだ。
「そのままですね、わたしがいた時のハーブ花壇…うれしい」彼女はそう言って、裸足のまま庭へ下りた。そしてハーブをちぎって匂いを嗅いだ。
「この花壇は…あなたが作られたんですか?」わたしは聞いた。
「いえ、わたしがここをお借りしたときからあったんです…でも、少し木々が増えました?」そう言ってわたしの方をふり向くと、彼女の黒い髪が回転して、陽の光に輝いた。
「そうですね…わたしは現在樹木をモデルにしていて、少しずつハーブを追いやってしまって…」わたしは彼女へハンカチを渡しながら言った。
「あ、ごめんなさい、わたしったら裸足のままで」彼女はそう言いながら、テラスへもどって、椅子に座り、足の裏をわたしのハンカチではらった。
 長く美しい脚がまぶしかった。
「あの…」
「あ、ごめんなさい…野川さん、わたし自分の名前を言うの、忘れてました…わたし、灰川文と言います、よろしく」
「わたしの名前は…」
「先ほど表札を見ましたの…野川美千夫さん…いいお名前ですね」
「…わたしの名前が?」わたしは微笑みながら彼女に聞いた。
「ええとっても…響きがいいです」
「灰川文さんは…あのお屋敷の、昔の…」
「いいえ、あのお屋敷の灰川家とはまったく関係ないんですけれど…わたしもその話をうかがって、興味を持ってしまって、それでこの家を借りることにしたんです」
「そうなんですか…奇遇ですね」そう言ってわたしはお茶を注いだ。
「これ、素敵ですね」ティ・コゼを手に取って、やさしくさすった。
「わたしの手作りです」
「え…野川さんが作られたんですか?」
「はい、趣味で手芸を少々」
「ふふ、可愛い」彼女の笑みがこぼれた…こんなに美しい人だったのか…わたしは彼女の首を見た。いままでワンピースの襟が内に折れて、その首もとは見えなかった。でも風が吹いて、彼女のそれを、そして白い胸を少しはだけさせた。そこにはターコイズをところどころにあしらったラリエットが鎖骨の下で一回結ばれて下がっていた。
「わたし、ターコイズとかのブルーの石が好きなんです」そう言って彼女はラリエットに触れた。
 ああ、わたしと同じブルーマニアだろうか…わたしは、キャットニップのベッドからもどってきたライを彼女に渡しながら、そう思った。
「ライ、いい匂いさせてるでしょ」
「ああ、ほんとだ、キャットニップ?」彼女はライを持ち上げて、その頭を嗅いだ。
「この子、ライと言うんですか?」
「ええ…嘘みたいな猫でしょ、それで…眼が…」
「ふふ、なかなか綺麗なお眼々、見せてくれないですのね、ライちゃん…」
 彼女はライの鼻に自分の鼻をすりよせて、顔を覗き込んだ。ライが「にゃぁ」と一声鳴いて眼を開いた。ああ、わたしにはそんなことは一度もなかったのに。つまり、わたしの手のなかで、鳴いて、眼を見せてくれたことなんて…
「ああ…綺麗!なんて綺麗な眼なんですか!あなたは」
 そう言って彼女はライとにらめっこを続けた。ライはずっと眼を見開いて、彼女の眼を覗き込んでいる。わたしは、嬉しいと同時に、なぜ?という気持ちも湧いている。なぜライは彼女にその眼をずっと見せているんだろう。わたしにそんなにも見せてくれたことはないのに。やはり、猫好きは猫がいちばん知っているから?わたしは軽い嫉妬を覚えた。わたしが猫好きではないことをライは知っていた?ではなぜわたしのところへ来た?わたしがその眼を見たいがために、その眼を、自分のものにしたいがためだけに、おまえをここに連れてきたことを、知っているのか…
「ああ、右眼も青くなった!」
「え?そんな…」わたしは立ち上がって、彼女のそばへ行った。
 彼女の顔の横にわたしの顔を近づけて、ライの眼を見た。でもグレイのままだった。彼女がわたしの顔を見た。わたしも彼女を見た。十センチの距離で…彼女の眼に、ライの青い眼が映り込んで、彼女の眼が青く見えた…わたしは眩暈がした。そこにひざまずいて、テーブルに手をついた…
「野川さん?…」彼女の手がそっとわたしの背中に触れた。
「ごめんなさい…ちょっと眩暈が…」わたしは、そのままでいたかったけれど、立ち上がって、自分の椅子へ戻り、そして、片手を顔にあてて、彼女とライを見つめた…なんてしっくりしているんだろう、ふたりは。絵のようだと思った。ボナールの光のなかに居る、ふたり、彼女と猫と、庭の静けさと、真珠の輝き!…ああ、こんな場面を、いままでにどれだけ夢想したことか。彼女の変身と、ライの変身と、そしてわたしの開放!…
 彼女はライを膝に抱いたまま、わたしの焼いたりんごシフォンを食べていた。右手はライの頭を撫でていて、左手で上手にシフォンをちぎり、口に運んだ。わたしがその様子をじっと見ているので、彼女は少し恥ずかしそうにしていたが、わたしに見つめられることよりも、ライが膝の上にいることのほうがまさって、彼女を自然に振舞わせたんだ、きっと。
 わたしは、恋をした。ライ以上に彼女へ心が傾いていった。事務服と眼鏡の彼女と、いまわたしの眼の前にいる、ミニワンピースの、長い髪の彼女と、まるで、地味な蛹が蝶に変身したように思えた。ライのぐちゃぐちゃの色彩のなかに、青い宝石が現れる、そのように!

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