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michianri

Author:michianri
せつない 想い…
つたない ことばたち…
やりきれない 心…

『詩片日記…薔薇園…片想い』

第一章『詩片日記』
surrealiste
 hypochondrie
    ~prologue
       灰川道緒

第二章『薔薇園』
     
       鵜沓 綾

第三章『片想い』

       野川美千夫  

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(c) 片想い…
design by Echizen
photo by mizutama

せつない ラヴレター つたない ことば やりきれない 日々… 


 ふたたび、お屋敷跡の空き地に、巨大な建設機械がやってきた。それは、とても凝視できないほどに高く天にそびえ、その天のまぶしさに、くらむように真っすぐ立っていた。
 数日前、責任者らしき男が、工事中ご迷惑をおかけしますと、タオルを一枚持って、挨拶に来た。あの男だった。倒れた巨木の前で手を合わせていた男。感じのいい青年で、わたしとあまり変わらない年齢だろうか、自然な笑みが、その日焼けした顔を柔和に見せていた。わたしはライを抱いて玄関に出たが、ライを見てもその青年の笑みはまったく変わらなかった。そう、わたしが何を腕に抱いているのか、一瞬わからなかったのかもしれないが、それが猫だとわかったあとも、少しも表情を変えることなく、わたしに一礼して帰っていった。たぶん、心のなかでは、さまざまな感情が湧いていたのだろうけど、おくびにもそれを見せない顔は、多少の経験を積んできたのか、それとも経験不足のために、なんて言っていいのかまるで戸惑ったままであったのか、わたしにはわからなかった。
 その青年と、工事関係者が次々とトラックから降りて、空き地の中央に集まっていった。すでに測量も済ませていたのか、迷うことなく、杭打ちの場所を指定していた。
 それからの日々は、わたしは、騒音と、それにともなう地面の揺れで、絵を描くどころではなくなってしまった。音を聞こえなくする方法は、この場所から遠く離れるしか手はなかった。しかし、家の購入にわたしの全財産を使ってしまった今、どこにも行くあてはなかった。だから、耐えるしかなかった…人はだれしも、今の環境がそのまま続くと信じ、また、続くべきだと考えていて、もしそれが変更を余儀なくされるとすると、その心の修正はなかなか厄介なものなのだ。わたしもあきらめから、かなりそれを耐えようとしたが、無理だった。たぶんこの杭打ちは、永遠に行なわれるのではないかと思われるほど、長く続いたんだ。くる日もくる日も、鉄柵で囲んだ空き地のなかで、何かわたしを殺すための装置を作りあげているような、そんな気さえしてきた。
 仕方ないので、わたしはライを籠につめて、町の図書館へ行き、窓の外の、紅葉をはじめたナンキンハゼを見て一日を過ごした。毎日やってくるわたしを、図書館員の女性が、わたしをちらと上目遣いに眼鏡越しに見ては、またパソコンに首をつっこんでいた。
 この図書館でもっとも楽しい場所は、このナンキンハゼのそばと、そして、この地域の文献を集めた閲覧室だった。そこには、あらゆる分野の資料が揃っていて、歴史のとなりの生物の本棚がわたしの場所だった。寺社の樹木や、絶滅危惧種や、高校の先生たちによるフィールドノートは、とても面白く読むことができた。その静けさのなかでは、あの騒音や地響きは、まったくわたしには縁もゆかりもないものになっていた。ただ、ライがあの図書館員に見つからないか、それだけが心配の種だったけれど。幸い、ライはとてもおとなしく、めったに鳴くこともなかった。ときどき籠のなかを覗いては、少し頭を撫でてやっていた。 
 ところがある雨の日、ここに来るまでに傘のふちから雫がライの身体にふりかかったのか、ちょうどあの図書館員の前を通るときに、ライがくしゃみをしたものだから、眼鏡の奥からぎろっと睨まれて…申し訳ございません、ペットは入館禁止になっておりますが、と言われて、しかたなくバックして、トイレの前にある長椅子に腰掛けて時間を過ごしていた。お昼になって、持参したランチを食べようとしていると、あの女性がわたしの所へやってきて、それもにこやかな顔で…いつものしかめっ面とは大違いの…顔で、わたしのそばへ座り、
「猫ちゃんですか?…見せてもらってもいいですか?」と言った。
「はい、どうぞ…ごめんなさいね、いつもご迷惑を…」わたしはなぜかしら謝っていた。
「いえ…わたし、知っていたんですけど…なにかわけがおありなのかなと思って…」そう言って、彼女は籠のなかを覗いた。
「まあ…」あとの言葉がなかった。わたしの顔を見た。わたしは苦笑いのような笑みを、たぶん浮かべていた。
「ふふ、こんな猫ちゃんはじめて見ました」そっとライに手を伸ばした。ライが顔を上げて、彼女を見た。
「まあ…なんてきれいな眼!…」女性はライを抱き上げてその胸に抱いた。ライはおとなしく抱かれていた。でももう眼は閉じていた。彼女はもういちどその眼を見ようと、ライの頭を撫でるけれども、ふたたび眼を開けることはなかった。それはまるで、一瞥で、その人間のすべてが理解できたかのようだった。
「あちらでご一緒にお昼、いかがですか?」彼女は親切にわたしを事務所に誘ってくれた。
「ありがとうございます、少し寒くて… …たすかります」わたしは素直にその申し出を受けた。他に数人の職員が昼食をとっていたが、わたしたちをちらと見ただけで、また机の上に眼を落とした。
「わたし、猫ちゃん大好きで…おうちでも二匹飼っているんですけれど」
彼女はいい人だった。人は笑顔になると、その人となりがよく解かるものだが、彼女の本当の顔は、この優しい笑顔のなかにあった。仕事中の彼女は、わたしより年上に見えたが、眼鏡を外すと端正な顔立ちと、黒々とした髪の毛を後ろにたばねている姿は、彼女を若く見せた。
「最近、いつもいらっしゃいますね、なにか調べておられるんですか?」
「いえ、その、時間つぶしに…」わたしはサンドイッチを口に運びながら言った。
「この町の方ですか?…あ、いえ、そういうつもりじゃ…」彼女は一人で質問をして、そして謝った。
「いいんですよ、別に…あの丘の上の、お屋敷のあったその前に住んでいます」
「まあ、あの可愛いお家に?」彼女は箸をくわえたまま眼を丸くしていた。
「はい、あの可愛いお家に…」わたしも、ほほえみながら同じことを言った。
「…わたし、あのお家に住んだことあるんです」
「え、ほんとうですか?…それは…」
「まだ赤い窓ですか?」
「ええ、そのままです」
「ああ、懐かしい!」彼女が大きな声でため息を漏らしたので、他の職員たちがいっせいにわたしたちふたりを見た。
「でも…でも、いま、大変なんです…」わたしは口ごもった。
「え、なぜ?」彼女の顔から笑みが消えた。
「…いちど、いらっしゃいますか、そうするとすべてがわかります」わたしはいい考えを思いついたと感じた。彼女を家に誘って…いままでだれひとり友人として訪問したことのない…ライ以外の…人とお茶をしたかった。
「…」彼女は少しためらっていたが、ライをもういちど抱いて、決心したようだった。
「いいんですか…おじゃましても」
「もちろんです…わたしは植物画を描いていて…たぶんご存知ですよね、ボタニカル・アート、それも見ていただきたいな」
「ああ、ボタニカル・アート…わたし大好きです!」彼女の眼が輝いた。真っすぐな睫毛の、美しい眼だった。
 …それがほんとうかどうか、そんなことはどうでもよかった。わたしの淋しさを紛らわすためなら。これまで淋しいとか、孤独だとか、わたしはちっとも感じなかったけれど、今は、あの工事こともあって、あの場所から阻害された自分をなにかで埋めたかったのかもしれない。この女性がわたしの可愛いお家に来てくれるのならば、それは最高の詰め物、わたしの心の穴の詰め物になってくれるはずだったから。

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