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michianri

Author:michianri
せつない 想い…
つたない ことばたち…
やりきれない 心…

『詩片日記…薔薇園…片想い』

第一章『詩片日記』
surrealiste
 hypochondrie
    ~prologue
       灰川道緒

第二章『薔薇園』
     
       鵜沓 綾

第三章『片想い』

       野川美千夫  

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(c) 片想い…
design by Echizen
photo by mizutama

せつない ラヴレター つたない ことば やりきれない 日々… 


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 わたしがうつらうつらしていると、なんだか声を抑えて、ひそひそと話す声がダイニングの方から聞こえてきた…別にいいんだけど、ふたりがなにをしゃべろうと、わたしには関係ない…でもひそひそ声ってなぜか気になるものだ。わたしはそっとベッドを抜け出し、ダイニングに近づいた…
「お願いします、玲さん…」
「ええ…」
「ぜひにと、校長がそう言っておりますので…なんならもういちどお家賃の交渉をいたしましょうか?」
「ええ…でも、あのお屋敷は…おやめになったほうが…」
 優先生が母になにか頼み込んでいた。母はあまり乗り気ではなかった。しつこい女だ。わたしがことわってやろうか?お母さん…
「玲さん、あんなご立派なお屋敷、あのままではもったいない。人様にお貸ししたほうが家も傷みませんし、ご収入にもなるじゃありませんか!」
 ご立派なお屋敷って?前の家のことだろうか…母のものだったのか?そんなことは一言も母は言わなかった…でも鍵は持っていたけれど…
「では、仕方ないですわ、校長先生にお貸しいたします…そのかわり、使える部屋を限らせていただきますけれど…」
「ええ、ええ、もちろんですとも…よかったわ、校長も喜びますわ、だって、二時間もかけて毎日通ってらっしゃるんですから!」
「それと…お庭も触らないでほしいの」
「ええ…草も抜いては?」
「ええ、そう、草一本お抜きになってはいけません」
 母の声が違っていた。こんな声、こんな言い方は今まで一度も聞いたことはなかった。

 わたしはベッドに戻った。あのお屋敷は母のものだったのだ…それを校長が借りて住むのだ…わたしは心が乱れた。あの「墓地」は、わたしのものだったのに、わたしひとりの場所だったのに、他人が入り込むことを考えると、それもあの校長が、庭をうろつくことを考えると、気がめいった。
 でも仕方ないな、母がそう決めたんだから。母も昔の絵を売るだけでは、大変だったはずだ。わたしはそんなこと、ちっとも考えなかった…ああ、なんて馬鹿なんだ、なさけない娘だ…母の苦労を知らなかったなんて、知ろうともしないで…ごめんね、お母さん!…わたしがこの言葉をいくどつぶやいても足らないことを、今になって、知った。

 トイレの窓から、引越しの様子をわたしは見ていた。門扉に絡むいばらを引越しの人が取り除いていた。美しいデザインの鉄の扉が、淋しくなっていった。トラックが横付けされた。大勢の人が、ベッドやチェストや、大きなダンボールや小さな箱をいくつも降ろした。…いったい何人の人間がやってくるんだろう。ものすごい数の荷物だった。きっと大家族に違いなかった。校長の家族なんていままでわたしは知らなかったし、知る必要もなかったのに…
 最後に別のトラックがやってきて、大きなピアノを降ろした。学校にあるようなグランドピアノだった。誰が弾くんだろう?がんがんやられたらうるさいな、子供が習っているんだろう、きっと。それにしても、その家族が見えなかった。ひとりも。校長すらいなかった。今日はお休みの日なので、誰かいてもいいはずだとわたしは思った。ひとり、優先生が、玄関先で、ひとりひとりに運び込む場所の指示を出していた…あの女が…でしゃばり女め!母に取り入って、わたしの「墓地」とお屋敷をだいなしにした張本人だ。それにしても、遠くで見る佐々木優子は、母に似ていた。その上品さは雲泥の差だったが、帽子を被ると、外見はたぶん誰もが一度は間違うだろうなと思った。
 表札が門柱に付けられた。「佐々木」…え?校長も佐々木と言うんだ。優先生と親戚?わたしは自分の学校の校長の名前さえ知らなかったのだ。ただ「校長」としか。灰川の遠縁で、灰川家から多額の資金を得て、学校法人をこの地に建てた…そのことだけしか。
 トイレの戸を母が叩いた。
「りょうちゃん、大丈夫?…」母はわたしがトイレに入ったまま、出てこないので、心配したのだ。
「うん、大丈夫…」わたしは吾にかえって、トイレから出た。勢いよく出たので、母とぶつかった。
「きゃ、ごめんなさい!」そのまま、わたしは母の胸に抱きついた…ああ、いい匂いだ、お母さんの匂いだ、なんて久しぶりだろう…わたしは母にしがみついたまま、いっとき離れなかった。母もわたしを胸に抱いたまま、動かなかった…
「りょうさん…もう離して!」
「……」わたしは母の顔を見た。母ではなかった。佐々木優子だった。わたしは一瞬にしてあとずさった。どんな顔をしたのだろう。優先生の顔が変にゆがんで笑った。わたしは自分の部屋へ戻った…じゃ、あの引越しの指示をしていたのは母だったのか?いやあれは佐々木優子だった、優先生だったはずだ、たぶん…ああどうしたんだろう、わたしは母と佐々木優子を見間違えるなんて…わたしは窓からはだしのまま庭へ飛び降りた。東側を回って母の部屋の窓を覗き込み、母を捜した。そこにはいなかった。玄関へ回って、前のお屋敷を見た。そこにいたのは、母だった。母が引越しの人たちにお礼を言って、送り出すところだった。母がわたしを見た。笑みはなかった。わたしの方へ近づいてきた。わたしは眼を伏せていた。
「りょうさん、お引越しは終了よ!」
 わたしは顔を上げた。わたしの前に立っていたのは、佐々木優子だった…わたしは顔を手で覆い、そこにしゃがみ込んだ…母がいない…母がいなくなった…どこを見ても佐々木優子ばかりだ…なぜ?なぜ…

 わたしは優先生に抱きかかえられるようにして、ダイニングへ行った。そこには母がいて、夕食の支度をしていた。いつものやさしい笑みをうかべて…ああ、お母さん…わたしは母のエプロンにしがみついた。ひざまずいて、母の脚を抱きしめた…母の匂いはしなかった…ああまた母じゃないの?…上を見あげた。母がやさしくわたしの頭を撫でてくれていた。わたしはふたたび母の脚にしがみついて、泣いた。泪が母の脚にすじを引いた…
「りょうちゃん…いい子ね…お食事にしましょ」母のやさしい声が降ってきた。
 わたしは泣きじゃくりながら食卓についた。母も座った。あの女も?優先生も座っていた…黙って食べた…二人が時々眼を合わせて、目配せしているように見えた…


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