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michianri

Author:michianri
せつない 想い…
つたない ことばたち…
やりきれない 心…

『詩片日記…薔薇園…片想い』

第一章『詩片日記』
surrealiste
 hypochondrie
    ~prologue
       灰川道緒

第二章『薔薇園』
     
       鵜沓 綾

第三章『片想い』

       野川美千夫  

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せつない ラヴレター つたない ことば やりきれない 日々… 


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 わたしは、ときおり深く沈み込んでしまうことがあった。それは海よりも深いと自分では感じた。そういうときは、母がずっとわたしの頭に手を置いて、わたしが伸びあがろうとするのを押さえてくれた。あまりにも深くて、息苦しくて、限界を超え、浮上しなければならないと思ったから。でも、母がいないとわたしは、浮力が強すぎて、天井を突き破ってしまうのだ。母には森のやさしさがあった。わたしはいまだ幼い芽生えで、強風や強い雨からわたしを護ってくれていた。
 どんなにわたしは、わたしから抜け出そうともがいたことか。わたしという人間の存在が罪であったから、わたしはわたしであってはならなかったのだ。でも母は、そういうわたしの身体を包み、心を拾いあげ、手のひらであたためてくれた。わたしには母の心が痛いほどに伝わってきたけれども、わたしの醜いもがきは、わたしを傷つけるだけだった。いや、母もきっと心を痛めて、わたしといっしょに、傷口の血を嘗めていてくれたに違いなかったのに。
 わたしが沈むときは、きまって雨が降っていた。雨はわたしの精神を融かしてしまうのか、冷たくなった頬に自らの手を重ねると、首は、わたしの首は、どこか遠くへ移動してしまいたいと思っているのを感じた。母を求めると、母は、その手でわたしの手の上から頬を包み、ともにわたしの救いの場を求めて、彷徨ってくれた。
 思春期は、だれしも自らの存在を事実以上に高めてしまうものだ。自分が世界の中心であり、自分を芯にして世界が回っているものだ。でもわたしの場合、常に母の手のひらの上にあり、母の芯とわたしの芯が同体であることを感じた。もちろん血のつながりもあったが、蛙の卵のように、切っても切ってもそのジェルがまた同化していくような、母との連結を、たましいの奥底が知っていた。
 また思春期は、自らが仮想した深い沼に落ち込むことが、一度ならず、二度三度とあるものだが、私の沼は、ほんとうの沼だったのだ。もがいても、もがいても、手はむなしく水を切り、指にからまる藻は私の身体のなかにもぐり込んでいった。そして、なまあたたかくジェルに包まれていくと、それが母の胎内であることを知った。
 母はわたしの影であり、わたしの影を照らす光でもあった。でも母自身の影は深く沈み込んで暗く、わたしの沼よりもさらに眼には見えない哀しみをたたえていた。
 今となっては、母の哀しみも淋しさも、わたしの一部となっているけれど、十代のわたしには、わたしのもがきに自身の体力も気力も使い果たし、母のそれを手で掬(すく)うことなどできなかったのだ。


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