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michianri

Author:michianri
せつない 想い…
つたない ことばたち…
やりきれない 心…

『詩片日記…薔薇園…片想い』

第一章『詩片日記』
surrealiste
 hypochondrie
    ~prologue
       灰川道緒

第二章『薔薇園』
     
       鵜沓 綾

第三章『片想い』

       野川美千夫  

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(c) 片想い…
design by Echizen
photo by mizutama

せつない ラヴレター つたない ことば やりきれない 日々… 


 わたしの手からノートが落ちた。幻影は消えて、母の手のひらに溜まった泪が光った。
「お母さん…わたしはなにもの?わたしはだれの子?わたしはどこに生まれ、どこに行くの?ねえ、お母さん、教えて!」
 わたしは母の肩を揺すって、母の眼を覗き込んだ。母は、呆然と正面を見ていた。その正面には、わたしがいるはずだったが、わたしを見ていなかった。母はなぜなにも言ってくれないのか、わたしが知りたいことをなぜ隠しているのか…こんな心を乱すノートよりも、母自身から聞きたかった、母の口からじかに、聞きたかった…お母さん…わたしは母の唇に、自分の唇を重ねて、舌を入れた…
 母は悲しげな眼をして、わたしのなすがままにしていた。わたしはしだいに自我を忘れていった。だって、わたしが何者かだれも説明できないじゃない、あなたにわかる?この苦しみが、この痛みが。血が痛いのだ、身体を流れる蛇のような血が、痛かった…母の舌がやわらかく、わたしの舌の上で泳いだ。わたしはその動きを止めるために、母の舌を噛んだ。強く噛んだので母は思わずのけぞって、わたしを突き離した…ふふふ、お母さん、ごめんなさい、そんなつもりじゃなかったよ、許して…母は、笑って許してくれた…
 
 わたしが誰だっていいじゃないか、わたしはここにいるわたしだし、ずっとここに、母といっしょに暮らしてきたわたしなんだから…わたしたちはもう三日もなにも食べていなかった。お腹がすいた…ねえお母さん、なにか食べようよ!…わたしたちはキッチンへ行って、なにか食べ物をさがした。冷蔵庫のなかもさがしたけれど、なにもなかった。すべてが、干からびて、カビが生えて、腐っていた。冷凍室を見た…ああ、スープが。母が作って冷凍しておいたスープがあった。わたしはそれをあたためて、お皿に盛って、母とふたりで、向かいあって食べた。ときどきひたいがあたって、母も、わたしも笑った。おいしいスープだった。なにか黒くて白い虫が入っていて、ぬるぬるの食感が気持ちよかった…え?お母さん、なに?あ、これはきのこだね、わたし、虫かと思っちゃった、ごめんね、でもおいしいね、これ…母も唇にその虫のようなきのこを挟んで、笑った。わたしも唇に挟んで、そして、吸い込んだ…ああ、やっぱりお母さん、わたしはあなたの子だね。だってこんなに心が通じるもの、よかった、わたしはお母さんの子供、ほかのだれでもないあなたが産んだ、わたし…

 それから、母と、お風呂へいっしょに入った。「あや」といっしょに入ったように、母の背中を流し母の胸をさわり、お湯をかけあって、お湯のなかで抱きあった…ああ、気持ちのいい肌、お母さん、大好きだよ!わたしを産んでくれてありがとう…
 母がわたしの背中を撫でてくれた。いくども、いくども…だんだんと同じところを撫ではじめた。急にわたしの身体を回して、わたしの背中を見た。三本の細いケロイドがあった…
「あなたは…あなたは…」母が震えだした。手も身体も震えて、お湯が波立った…「あなたは、だれ?」母が震える声で聞いた、わたしはゆっくりと母の方へ向きなおって、言った「りょうよ…」母はわたしの顔を見つめた…「りょう?…」そうよ、本物のりょうよ!「あや」と呼ばれ続けてきた「りょうよ!」…
「お母さん…あたしはりょうよ、ほんとうのりょうなのよ…お母さん、りょうと呼んで、ちゃんとりょうと呼んで!」
「…あなたは…あなたは、あやなのね!」
「ちがう、あたしはりょうなの…お母さん、あたしはりょうなのよ!」
「…あなたは…りょう?…」

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 秋も過ぎ、小雪の舞う寒い日、わたしはこの「墓地」に立った。お屋敷の焼け残った柱が黒く、過去の空白を埋めようと天を指していた。わたしがなぜここを「墓地」と呼んでいるのかというと、薔薇の木のあいだにいくつかの墓標が立っていたからだった。墓標かどうかはわたしにはわからなかったが、そのように見えた。「いくつか」というのは、正確には四つだった。二つは大きく、あとの二つは小さな、ほんとうに小さな可愛い石が並んで建てられていた…わたしは母に詳しく聞く必要性を感じた。母は自分の部屋でベッドに座り、古ぼけたノートを見ていた。わたしを見ると、やさしくほほえんだ。

 「お母さん、あの薔薇園にあるお墓…お墓でしょ?あれは誰のもの?」わたしのとつぜんの質問に、母は少したじろいで、ノートを手から落とし、わたしを見つめた。「ねえ、話してよ、わたしに…ぜんぶ!」わたしは母に詰め寄った。なぜこんなことを母に対してするのかわたしにも理解できなかった。何か切迫した状況を、自ら作り出しているかのように思えた。
「…このノートは、あなたのお父様のものなの…」わたしが拾いあげたノートの上に手を置いて母は言った。
「これにすべてが書いてある…あなたの知りたいすべてが…」わたしはノートを開いて見た。なかに書かれてあるものは文字には見えなかった。紙の繊維をただなぞったように見えた。見つめていると、しだいに何か風景のようなものが浮かんできた。わたしはあわてて眼をまたたいた。ノートのなかから映像が浮かび上がるなんて…ノートを撫でてみたけれど、ただの紙と、ただの白い色と、模様のような文字があるだけだった。見まいとしても眼がそこに惹きつけられ、見てしまう…またわたしはそれを見つめた…ああ、浮かんでくる…木々が風に揺れて不安げだった。銀色の波が次々と渡っていき、風の方向を示した…ああ、あの木だ、あの冬の日に香る花、その花が花の形のまま、雨のように降りそそいで、ノートから母の手のひら、母の手のひらから床へ落ちていった…木の枝にぶらさがるふたつの天使!白いそのふたつは、美しいドレープを長く垂らし、ゆっくりと回転していた…ああ、あのふたりだ!あの部屋で見たふたり、腕を赤い糸で縫い合わせ、首から上にロープを伸ばしていた、ふたり…この木はオガタマノキだと母は言っていた、その木にぶらさがる父と伯母…お母さん、このふたりのお墓なの?…わたしは心でつぶやいた…そう、あなたのお父様、道緒さんと、お姉さまの麗紗さん…母が答えた…ふたりは双子なの?…そう、双子なの…そしてわたしは、おふたりの兄妹だった…

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