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michianri

Author:michianri
せつない 想い…
つたない ことばたち…
やりきれない 心…

『詩片日記…薔薇園…片想い』

第一章『詩片日記』
surrealiste
 hypochondrie
    ~prologue
       灰川道緒

第二章『薔薇園』
     
       鵜沓 綾

第三章『片想い』

       野川美千夫  

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(c) 片想い…
design by Echizen
photo by mizutama

せつない ラヴレター つたない ことば やりきれない 日々… 


 朝方、誰かがわたしを呼んだ。母も目覚めた。ひとつのベッドに眠っていたわたしたちは、誰かの声を聞いた…りょう!お母さん!…小さな声が、しだいに大きくなっていった。薄闇のなかで、わたしたちは部屋を見渡した。だれもいなかった。胸に手を置いた母が、わたしの胸にも自分の手を置いて…聞いて、と静かに言った。わたしは心を胸に集中した…ああ、あやだ!あやがいる、ここにあやはいたのだ!わたしの半分のもうひとりのあや! 
 母がわたしの胸から手を下ろして言った。
「わかったわ、あやちゃんがいるところ…」母は確信したように言った。
「どこ?お母さん、あやちゃんはどこに?」母は唇に人差し指をあてて、わたしの耳へ囁いた。
「…え?」わたしはよくその意味はわからなかったが、「五輪塔」という言葉は理解できた…「五輪塔の下よ!」母はもういちどわたしの耳のそばで言った。五輪塔の下になにかあるのだ。わたしはあのときあやが、「五輪塔よ!」と言った声が耳に聞こえた。はっきりと。そうなのか、あやは五輪塔の下にいま住んでいるんだ。あの五輪塔があやのほんとうのお家だったのだ。わたしはすべてを理解した。理解できたと、感じた。
「どうする?お母さん」わたしは母の耳もとで言った。
「そうね、たぶんあやちゃん、食料はいっとき持ち込んでいるでしょうから、刑事さんたちの様子を見て、わたしたち行ってみましょ!」こんなに明快な母を、わたしははじめて見た。頭の回転が機敏だった。
 早く起きると不自然なので、いつもの時刻までふたりしてベッドのなかで手をつなぎあって、横になっていた。朝、トイレの窓から外をのぞいて見た。お屋敷の西側の角に刑事の車が隠れるようにして停まっていた。お屋敷の屋根はいつもと変らず、静かに朝日を受けて霞んでいた。
 わたしは早くあやに逢いたかった。でも母に諭されて、絶対にその気配を見せてはだめよ、と言われて、静かに日々を過ごした。長い、長い一日が、また一日、一日と過ぎて行った…あやは大丈夫だろうか?食べ物はあるだろうか…わたしは心配で胸を切り裂かれる思いだったが、それに反して顔や身体はとても冷静に、冷めたお湯のように装っていた。時々やってくる刑事にも、母もわたしも何事もないように接し、覚られることはなかった。母の刑事に対する対応は、今の母の心の鋭敏さを微塵も感じさせず、昔のままの自然な、やさしい母だった。ほとんどの人は、この母の美しさと、やさしい声と、宝石の眼を見て、なにか心の奥にたくらみを持っているなどとは、これっぽっちも思わなかっただろう。むしろ、それをいいことに、あいつらは、母を、わたしを誑(たぶら)かして、殺そうとしたのだ。それを救ってくれたあやを、わたしたちがどうして見捨てられようか。

 露が庭の草々を飾り、朝の空気がひんやりとしていた。わたしと母は久しぶりに庭へ出て、すでに落葉をはじめた桜の綺麗な葉を集めたり、ハーブを摘んで束にしたり、テラスでそれをお茶にして呑んだ。
 刑事がやってきた。呼び鈴を鳴らしてもわたしたちが出なかったので、裏へ回ってきたのだ。母はその刑事にもハーブティを入れてやり、すすめた。刑事はおいしそうにそれをすすりながら、言った。
「私達は、一応引き上げます…どうもこの町にあやは、いえ、あやさんはいないようで…でも、もしも連絡がありましたら、隠さずに私達に知らせてほしいです。あやさんのためでもあるんです…お願いします」そう言って、最後までハーブティをすすり、帰っていった。
 たぶんこれは作戦かなにかだろうと、わたしは思った。わたしたちを油断させておいて、あやをおびき寄せるつもりだろうと…でも母は喜んだ。素直に喜んだ。ついにあやに逢いに行けると。
 そんな母がわたしはいとおしかった。こんな母を持ったわたしは幸せだったのかも知れない。どんなに財産があっても、どんなに物に囲まれて暮らしていても、この母のような、海のような母性に敵うものはないだろうと思った。わたしのなかにもこれに似たものがすでに芽生えはじめていて、母をわたしの子供と思えるほども、母がいとおしかったのだ。
 わたしたちは決行の日を決めた。あやに逢いに行く日を。雨を待った。雨の日を、それも台風であればなおさらだった。その夜に決行するのだ。
 毎夜、刑事の車がないか確かめた。あの日から一週間は張っていたが、その後急に見えなくなった。ついにあきらめたのだ。それでも、失敗は許されなかった。わたしたちは台風が来るのを願った。
 秋の長雨が続いた夜、ついに、待ちきれず、夜半過ぎ出かけることにした。庭へ出ると、雨は鉛のすじのように降りそそいで、身体を冷たくさせた。わたしたちは黒い服に身を包み、肌を出さないようにし、庭から南西側の垣をくぐり、警察がいないことを確かめ、お屋敷の西側の小さな垣戸を入って、お屋敷の裏を行き、あの部屋、祖母「礼」の部屋の窓から中へ侵入した。電灯はつけずに手探りで、母といっしょに手を引きあって進んだ。廊下を曲がり、五輪塔のある部屋の前まで来た。深く息をして、ゆっくりと扉を開けた。カーテンを閉めているので、真っ暗でなにも見えなかった。母は壁伝いに左側へ進んだ。わたしも壁と母の手を頼りに進んだ。目が暗闇にしだいに慣れてきた。角に来た。母は床を手でなぞって、持ってきたバールで床のある部分をこじ開けはじめた。わたしも母を手伝った。床がギッと鳴って少し隙間が開いた。そこへわたしは手を差し入れて、持ち上げた。床にぽっかりと穴が開いた。母が先に入った。わたしも続いた。母はまるでいつも行っているところのように行動した。わたしも母のあとについて、腹ばいで前進した。むこうにうっすらと光が見えた。通気口からの外の光がぼんやりと幻のように見えたのだ。母はその方向へ進んだ。その場所へ来ると、細長い石が数本転がっていて、あいだに穴が見えた…ここなのだ!わたしは胸が高鳴った、あや!と叫びたかった。母が一歩一歩石段を降りて行った。わたしも降りた…あや…母が小さく呼んだ…ううう…呻き声が聞こえた、あやだ!あや!わたしは不意に大きな声で叫んだ…ああ、生きていた、あやが生きていた。わたしたち三人は抱きあった。あやの顔はよく見えなかったけれど、その頬はあたたかかった。生きているんだ、ずっとここに生きていたんだ…あやごめんね、いつもおまえにはこんなつらいことばかりさせて、つらい思いばかりさせて!…母が心で叫んでいた。三人で泣いた。泣き声が床下に響いて、なにか金属の棒が、幻影をひきずって立てる音のようだった…
 母はあやに、持ってきた食料を食べさせ、もういちどぎゅっと抱きしめて、また来ることを誓い、先に穴から出た。わたしはあやと離れがたく、いつまでも抱きあっていたけれど、母に促されて、指をからませたあと、穴から出た…あやは大丈夫だろうか、早くあの穴から出してやりたい、わたしはそのことのみ考えながら、またふたたび母のあとについて、来た道を戻った。

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 その日から母の顔が変わった。憂鬱な顔を時々した。母も悩んでいるのだろうか…わたしに灰川と名乗らせるべきか、鵜沓のまま、灰川を相続させるか…あやは、あやは佐々木を継ぐべきと思うが、わたしの子でもあるし、灰川を継ぐ道理もないわけではない、と…
あやの言葉が思い出された…あなたがしっかりして、灰川の汚れた血の因縁を断ち切らなければいけない…汚れた血の正体をわたしははっきり知っているわけではなかったが、なんとなく、自分の身体のなかにある、どろどろの血の流れがいまはじまったのではない予感がしていた。わたしのたましいのなかに巣食う穢れた遺伝子の蠢きを、己が知らないわけではなかった。心の表面には見えずとも、そのかたまりは確かに存在していたのだ。中空に集まって澱み、いくら切ろうとしても切れず、またくっついて、ゲル状にそれらは増殖し、わたしの精神を徐々に蝕みつつあったのだ。それを包み込む波もあったが、それ以上にこの波のうねりはしだいに大きくなっていった。

 そして、母とわたしは、わたしたちの心は、同体だった。同一のものをお互い映しあっていた。わたしの不安定な心はもはや母の手には負えず、母自身も分離していった。

 わたしはあれ以来、見るものすべて灰色に見えた。母はなにもしなくなった。なにかにとり憑かれているように、家のなかを歩き回った。あやの両親にあの男とあの女がのりうつり、わたしたちになにか悪い病原菌を運んできたのだ。わたしたちはともに感染し、ともに重病化していった…あや!わたしはあやを呼んだ。もう「あや」しかわたしたちを救えるものはいなかった。あやはきっとわたしたちにとって天使なのだ。救いの天使!あやならこの原因をつきとめ、わたしたちを治癒に導くだろう…わたしはそう思った。

 あやは現れなかった。あやを最後に見たのは、佐々木夫妻が何者かに惨殺され、娘の「あや」が行方不明だというニュースのなかで、その顔写真が出て、それを見たときが最後だった。
 わたしと母は、ソファーに座って、ぼんやりとテレビを見ていたときだった。お互い顔を見合わせて…あやが殺ったんだと、直感した。そして、あのお屋敷に来ると、思った。
 警察が家に来た。家のなかをくまなく捜しまわった。お屋敷も捜索していた。その態度から、あやが第一容疑者であることがわかった。わたしたちはなにも知らないと言ったが、疑いの眼差しで、それを刑事は聞いていた。知っていても、わたしたちが話すわけもなかったが、実際知らなくても、結末がどうであるかをわたしたちは知っていた。

 わたしは母に、校長と優子のたくらみや、あやがわたしにしてくれたこと、語ってくれたことをすべて話した。母は黙って聞いていたが、わたしが話し終わると、ほほえんで…あなたもあやも、大人になったわねえ、とわたしをふたり分抱きしめるように、大きくわたしを包んだ。母の眼は美しかったが、翳りのせいで少し眸が白っぽく見えた。
 打ち明ける、告白すると言う行為は、なぜこんなにも人を洗い流すのだろうか。憂鬱な日々を送っていたわたしたちに、雨が降った。土砂降りの雨だった。まるであやが空から天をひっくり返して降らせたような…わたしたちは綺麗に洗われて素顔に戻った。やるべきことがしだいに近づいて、その輪郭が見えだしたのだ。
 警察は、家とお屋敷を張っていた。彼らも必ずここへあやが現れるだろことを予想していた。しかしわたしたちにはわかっていた。あやがそんなへまをやるような子ではないことを。あやにとって変身することは何でもなかったはずだから…だって、あのとき、あんなにちっちゃな女の子になって、わたしたちを援けてくれたのだから…犯罪者の手にかかるわたしたちを救ってくれたのだから…
 わたしたちは盗聴もされているかもしれなかった。もちろん電話もかかってこないし、ケータイも電源を切っていた…いつも食料品を運んでくる小さなトラック以外、だれも尋ねては来なかった。

 あやの帰る日がやってきた。わたしは繋がった腕を切り落とされるような気がした。二ヶ月近くいっしょにいて、いまさら離れる理由が見あたらなかった。これからもずっといっしょにいてもいいではないか、わたしとあやは双子なんだから、切り離されるわけなんてどこにもないのに…ほんとうに切り落とすならば、それならば、あやの方にわたしの腕をくっつけたまま、切断してほしい…
 あやは、ぜんぜん平気のようだった。だって…また遊びに来る、また泊まりに来るよ、りょうちゃん、待ってて…そう言って帰っていった。
 わたしにとって、あやの存在は、わたしの心臓の半分だった。いままで心を満たすものは、母であったり…夢想であったりしたが、わたしの半分の空白のすべてを満たすことはなかった。あやは、あやの心と身体は、わたしの二分の一の心と身体を完成させたのだ。揺れ動く不安定な精神は、回転するときに多くのものを振り落とし、停止後、その空白を埋めようとするものだが、もともとわたしの半分しかない独楽のような自己では、まともな回転すらできなかったのだ。もちろん母の芯はわたしにとってとても心強いものであったし、母の胸に抱きしめられることは、わたしの心の充足をもたらしたが、その独楽のぶれは、周りのものまでもぶち壊して回転し、ついには自己破壊を起こしていたのだ。しかし、あやの登場は、わたしの半分独楽を完全なものにし、永久回転独楽に変身させたのだった。そしてそれはもはや、停止することはなかった。停止させることが不可能になっていたのだ。まるで静止しているかのように回転する、わたしの「自己」。けっしてもとの半分になってはならないのだ。「自己」の深い奥底にひそむ、父の「道緒」や、伯母の「麗紗」や、彼らの母である「礼」と、わたしたちふたりの遺伝子の持つ毒性がわたしを侵したとしても、今は、「あや」ひとりの存在が、わたしの精神を支えていたのだ。
 角のところまで、あやを送った。あやは振り返って、「お母さんをたのんだわよ!」と言うと、くるりと向きを変えて、続く坂道を駆け下りて行った…

 それから数日後、あやの両親が家に訪ねてきた。雨のなかをタクシーでやってきて、玄関先で雨を払いながら、お天気に文句を言っていた。
 母が出た。わたしはダイニングにいたが、人と顔を合わせるのはいやだったので、すぐに自分の部屋へ引っ込んだ。ダイニングにふたりは通された。
「はじめまして、佐々木と申します」
「ようこそ…はじめまして、鵜沓玲と申します」
「娘のあやが、このたびはほんとうにお世話になりまして…」
「いえ…とんでもございません、うちのりょうも大変喜んでおりましたのよ…どうぞお座りくださいませ」
「ありがとうございます、あやも、こちらから戻りまして、なんだかうきうきしていて、とても明るくなりましてね」
「そうでございましたか…それをうかがって、わたしも嬉しいですわ」
「…ところで…」…そのあとの言葉は聞こえなくなった。声を小さくしたのだろうか。それにしてもこの佐々木と言う、あやの父親の声は、あの男、校長の声にそっくりだった。兄弟だからそうなのかもしれないが、ただ、その腰の低いようなもの言いは、あの男とは違っていた…
 とつぜんドアをノックする音がした。母が外からわたしに声をかけた。
「りょうちゃん、こちらにいらっしゃい…」たぶん、わたしの顔を見てみたいとでも言ったのか。わたしはちょっと躊躇したが、こちらもその顔を見てみたいという誘惑もあった。あやを育ててきた両親だから、わたしも会う義務があった。わたしは自分の部屋を出て、ダイニングへ行った。
 わたしは気分が悪くなった。眩暈(めまい)がした。そこにいたのは、あの男とあの女だった。校長とその娘の優子だった。なぜ?なぜここへやってきたのだ!わたしは壁際のソファーに倒れかかった。優子がすばやくわたしの身体を受けとめて、立たせた。余計なことを!わたしはバランスを崩したのではない、バランスをとるためにソファーに寝ようとしたのだ。「心」のバランスは、横になるのがいちばんの平行を保つからだ。わたしは、優子の手を制して、ソファーに座った。母が…少し気分がすぐれないようで、申し訳ありませんと、わたしの代わりに謝っていた。その声が遠くに聞こえた。
「いえいえ…りょうさんですか、うちのあやとそっくりですな!ハハハ、そりゃそうだ、双子ですからな!」…ああ顔を見るのもいやだ!こんな人間がこの世の中に生きていていいはずはなかった。早く帰ってほしい…
「実は私も兄とは双子でしてな、よく声を間違われまして…」
「…そうでございましたか」母がとまどいの顔をして答えた。
「ところでりょうさんは、鵜沓家を継がれるのかな?もしや灰川家を?」
「…まだはっきりとは決めておりませんの」母の小さい声が聞こえる。
「ま、どちらでもよろしいかと思いますが…わたしの考えではですな、あやが灰川を継いで、長女のりょうさんが鵜沓を継ぐのがいいのではないかと」
 なんということだ!それが目的だったのか…校長と優子は死んでもなお、弟夫婦を使って、灰川家の乗っ取りを画策していたのだ。
 母は困り果てていた。そんなことは母にとって重要なことではなかった。わたしとそして、あやがいて、ともにこのまま暮らして行くことができれば、なにも望むことはないはずだった。そんなに財産が欲しければ、くれてやればいい…お母さん!わたしは見えなくなった眼をせいいっぱい見開いて、母を捜した。手を伸ばすと、誰かの腕があった…お母さん!つかむとその腕はわたしの手を振り払った。あの女の腕だったのか…手を下ろすと、ソファーに手があった、あたたかい母の手…母はわたしのそばに座っていた…お母さん!わたしは身を寄せた。母が肩を抱いてくれた。
「ま、奥さん、考えておいてくれませんか!…またあらためてうかがいますから」
「……」母は黙ったまま、ふたりを玄関まで見送った。待たしてあったタクシーが、向きを変えて雨のなかを走り去っていった。
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