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michianri

Author:michianri
せつない 想い…
つたない ことばたち…
やりきれない 心…

『詩片日記…薔薇園…片想い』

第一章『詩片日記』
surrealiste
 hypochondrie
    ~prologue
       灰川道緒

第二章『薔薇園』
     
       鵜沓 綾

第三章『片想い』

       野川美千夫  

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(c) 片想い…
design by Echizen
photo by mizutama

せつない ラヴレター つたない ことば やりきれない 日々… 


 それから幾日かして、ふたたび女どもがやってきた。あやの言ったとおりだった。懲りないやつらだ!
 わたしとあやは、いつもの部屋から外をのぞいて、人数を確かめた。前と同じ数だった。月明かりにきらきら光るものが見えた。刀だ。とうとう日本刀まで持ち出して来たのだ。
 わたしたちは、蝋燭に火をともした。一本では物足らないので三本火をつけた。あやは残り、蝋燭を持って、部屋のなかを歩いた。わたしはそっと玄関から様子をのぞき、外へ出た。お屋敷の裏へ身を隠し、やつらが近づくのを待った…なんてどきどきするんだろう、わたしは樹の陰に隠れて、「墓地」の方で電灯が光るのを見ていた。そのうち「ギャ!」とか「キャー!」とか悲鳴が聞こえ出した。わたしたちの落とし穴に、また落ちたんだ。猿どもが。穴には棘のひどい薔薇の枝を敷いていたので、女どもの脚や手は血だらけになっているはずだった。
 門の方を見ると、別のグループが鉄の扉を入るところだった。これもあやの予想通りだった。手にはピストルのような形のものが見えた。幽霊を撃とうというのか!わたしはお屋敷の裏を回り、門の大木にところへ行き、吊り下げた籠の布にアルコールをふりかけて、火をつけた。そしてロープを引いて、火の玉に見せかけた。後ろを振り返った女生徒が、となりのやつの肩を叩いて、固まっていた。肩を叩かれたやつは、振り向きざま「ギャー!」と叫んだ。成功だ。馬鹿どもが、まんまとわたしたちの罠にかかった。なかのひとりはもう走り出して、門から逃げて行った。あの部屋は、あやが歩き回りながらカーテンを揺り動かしていたので、赤い光が亡霊のように揺れていた。それを見た女どもも、「墓地」の方へ走り出して見えなくなった。
 わたしは、幽霊の真似をして、ふわりふわり、残った女生徒の方へ歩いた。白い服が月光に融けて、鈍く光った。驚いた女たちは、一目散にお屋敷の玄関方向に走った。ピストルは、恰好だけだった。
 でも、日本刀を持った女が後ろからわたしに近づいていたのだ。あやがそれをあの部屋から電灯で教えてくれた。女はすでに刀を振り下ろしていた。わたしは背中からお尻にかけて切られた…身体に衝撃が走った。着ていた白いドレスが裂けた。女の顔を見ると、もとクラスメイトだった。わたしの顔を見て、やっぱりおまえか!と言ってもういちど日本刀を振り下ろした。わたしは飛びのいて、後ろにさがった。持っていたアルコールを女にふりかけた。その眼に命中し、女は呻きながらしゃがみこんだ。わたしは日本刀を奪い、玄関へ急いだ。ほかのやつらはお屋敷のなかへ入って行った。すでにわたしたちのたくらみがばれていたのか!あやが危ないと思った。あの部屋だ!やつら、あの部屋に行ったか!
 戸をおもいきり開けて、部屋へ入った。あやが両腕をつかまれて、押さえつけられていた。長い髪の毛はナイフでギザギザに切られていた。頭を上げたあやの口には、なにか先が尖った黒い棒が逆さに突っ込まれていた。それが規則正しく左右に動いていた…トカゲだ!あやの飼っているのと同じトカゲを、あやの口に突っ込んだのだ、女たちの白い歯が見えた…くそ!おまえら!どけ!わたしは刀を振りかざしてやつらのなかへ突進した。そして振り下ろした。女どもはあやの腕を放し、散りじりになってそこから逃げ去った。見ると、あやの口にもぐり込もうとしていたトカゲの下半身が私の振り下ろした刀で切られ、どす黒い血を流していた。まるであやがトカゲを喰っているように見えた。顔にはその血が飛び散り、蝋燭の揺らめく火に、トカゲの陰があやの顔の上を這っていた。
 トカゲは抜けなかった。あやの舌をくわえているのか?…その背中の棘が逆針になって抜けないのだ。わたしは、悔やんだ…ごめんね、あや、ひとりにしておいて…あやは泪を流していた。どうしたらいい?わたしはパニクった。あやの肩に両手を置いたまま、おろおろしていた…母を呼ぼうか、そうだ母を呼ぼう…うううっ!とあやが自分の背中を叩いた…ここを叩けと言うのだ、わたしはあやの背中をおもいきり叩いた。あわてていたのでものすごい力で!…ゲボッ!…あやがトカゲを吐き出した。吐き出すと同時にトカゲをその素足で踏み潰した。変な音がしてトカゲは内臓を尻尾と口から吐き出して、動かなくなった…あ・い・あ・お…あやが一音一音区切って言った…ありがと?ありがとって言ったの?わたしはあやを抱きしめた…「ごめん…ごめんあや!」私の喉もあやと同じ痛みが走った。搾るような声しか出なかった。
 ふたりでお屋敷を出た。月が天頂に昇って、わたしたちを生あたたかく照らした。夏の満月はわたしたちの愚かな計画を、嘲笑っていた。
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 その後、女生徒たちは現れなかった。とうとう夏休みになり、あやはわが家に大きな荷物を運び込み、夏休み中ここにいると宣言した。母は少し困ったような顔で、あやを抱きしめると、わたしも引き寄せて、ふたりを強く抱いた。三人とも同じ身長だったので、ひたいがくっついた。くっつけたまま至近距離で、眼を左右にやって、お互いの目玉を見た。そして三人で笑った。わたしたちは三人姉妹のようだと、わたしは思った。
 わたしとあやは着々と計画を練った。お屋敷の高い木に登り、ロープを渡して、布を詰めた籠をぶらさげた。「墓地」の通路には落とし穴を掘り、木の枝や草で蔽った。そして夜を待った。やつらが来ると信じて。
 この夏は最高だった。昼間はあやとふたりで「墓地」の四阿で、本を読んだり、詩を書いたりして過ごし、夜は、母が眠ったあと、お屋敷にもぐり込み、あいつらの登場を待った。
 お屋敷は蒸し暑い夏の夜でも涼しく、ひんやりとした。いちばん大きな部屋、わたしが初めてあやと遭遇した部屋、あやにはそのことはなにも話さなかったが、わたしの幼い記憶を呼び起こした、あの部屋にふたりで座って窓の外をうかがっていた。窓の近くにある塔が、カーテンを少し開くと、月明かりにその姿を鮮明に浮き立たせた。いちばん上には玉ねぎ形の小さい石が乗り、四角錘の石が続き、丸くて大きな石もその下にあった。
「五輪塔よ」あやが言った。
「え、五輪塔?」
「そう、死んだ人を供養するの」あやはほんとうに物知りだった。ほとんどわたしの質問に答えてくれた。
 …なにか物音がした。鉄の門扉を開ける音だ。やつらがついにやって来たのだ。カーテンの隙間からふたりでのぞいて見た。数人の女生徒がひとりずつ入ってくるのが見えた。手には棒を持って、慎重に一歩ずつ歩いていた。「墓地」の方へ入って行った。すぐに「ギャッ!」という声が聞こえた。落とし穴に落ちたんだ。馬鹿なやつらめ。わたしたちは部屋の蝋燭に火をつけて、玄関からそっと出て、「墓地」の周りをふわふわと歩きはじめた。
「キャー!」それを見て女どもは、われ先に散りじりに逃げて行った。
 わたしたちはハイタッチをして、抱き合った。まるで幽霊が抱擁を楽しむように…
「もう来ないかな…」あやに聞いてみた。
「あいつら、数増やして来るよ、きっと」あやは確信があるように言った。
「ふふ、そしたらもっと派手にしてやるよ!」わたしは嬉しかった。妹がいて、妹が現れて、ほんとうの妹が存在して、わたしのそばにいる。なんてすばらしいことなんだと思った。わたしは妹のためなら、何でもできると感じた。どちらが先に産まれたのかは知らないけれど、「姉」「妹」と言われるだけでその立場がそのようになっていくのは不思議だった。「姉」という言葉のなかに、「母性」の二文字を孕んでいるような、そんな気持ちさえした。わたしはあやを心からいとおしいと思った。どんな時も、この腕で包んでやりたいと…あたしはあやをぎゅっと抱きしめた…可愛いあや!…「りょう、痛いよ!」あやはそう言って、わたしの腕をつかんで両側に広げ、わたしにくちづけた…朧月がわたしたちを照らして、海のそこに揺らめく幻の動物のように見せた…
 わたしは学校をやめた。母は悲しげな顔をしたけれど、教頭や校長に会って、その人間性を見て、わたしの行動を理解してくれた。あやとは平日逢えなくなったが、土日にはあやがわたしたちのお家へかならず、泊まりに来てくれた。
 あやの話は面白かった。食事のときにわたしたちに話す学校での出来事は、真に迫っていて、わたしたちを喜ばせた。とくに母は、首を少しかしげて、いとおしいわが子ふたりを同時に眺められる喜びを、かみしめているようだった。
 あやとお風呂にもいっしょに入った。あやの身体は成熟していて、美しかった。ただ背中にミミズがもぐり込んだような痕が三本あって、赤くはれ上がり、白い肌をより白く見せていた。わたしはなにも聞かなかった。あやもなにも言わなかった。ふたりでバスタブにつかり、何時間も話した。手が白くふやけて、あやの指輪が指に食い込んでいた。
「その指輪…どこかで見たことある、あたし」
「そう?…どこにでもあるものよ」あやはそう言うと、わたしの胸をさわった。わたしもあやの胸をつかんで揺らした。あやもわたしの胸を両手でつかみ、くすぐった。お湯のかけあいになり、大声で笑った。
「もうあがったら…」母が外から声をかけた。
 わたしのベッドにふたりで眠った。なんて安らかであたたかくて、満ち足りているのだろうかと、わたしは感じた。わたしの身体は、いままでは半分しかなく、その片方をずっと捜していて、ようやく見つけて、くっつけたような感覚だった。あやもそう感じていた。ふたりでいつまでも向かいあったまま、くすくす笑ってはキスをして、そして、眠った。

 遠くで女の叫び声が聞こえた。まだ夜中だった。わたしたちは眼を開けて、天井を見た。あれは「墓地」の方からだ…窓から裸足のままふたりして飛び下り、母の部屋の下を通り過ぎて、お屋敷の門のところへ行った。「墓地」で光が右往左往していた。誰かこっちへ駆けて来た。門の陰に隠れると、見たことのある女生徒が鉄の扉にぶちあたり、隙間から逃げるように駆け出て行った。またもうひとり、もうひとりと…たぶん亡霊でも見たのだろう。幽霊屋敷に肝試しに来たのか…私とあやは顔を見合わせて、うなずいた。
 また別のやつらが来るに違いなかった。以前通学の途中、電車内で「灰川」という言葉をよく耳にしていたから、生徒のあいだでは、この有名な幽霊屋敷を放っておくはずはなかった。
 時々お屋敷に人の気配を感じていたのは、やつらのせいだったのだ。私とあやは計画を練った。夏休みも近づいて、開放的になっている馬鹿猿どもを、脅してやるのだ。
 まず、母の鍵を使って、いちばん手前の部屋に蝋燭を立て、夜には火をともす。そして、わたしとあやが母の白いドレスを着て、「墓地」やお屋敷の木々のあいだを歩くのだ。わたしたちはわくわくした。
 夜になるのが楽しみになった。あやは毎日のようにわが家へ泊まりに来た。両親が心配するのではと、母があやに聞いたが、あやは平気な顔をして、了解済みだからと母を安心させた。母もあやが家にいることは嬉しかったはずだ。あやは明るくて、何事に対してもはっきりといい悪いを言うし、わたしたちに遠慮がまるでなかったので、わたしたちもあやを気遣う必要がなかった。

 あやは、両親に許可をもらい、時々わたしたちのところへ泊まりに来た。わたしは、あやがいると、心が弾んだ。なんと言うのか、心が二倍になったのだ。よろこびも、怒りも、悲しみもすべてが二倍になった。
 通学も楽しかった。ふたりの世界で、たくさんのおしゃべりをした。わたしたちは、離れて育ったのに、持っている本、今までに読んだ本、好きな画家や音楽家、そのすべてが一致した。学校の終るのが待ち遠しかった。退屈で意味のない授業が延々と続くのを耐えるのは、容易ではなかった。早くあやに逢いたかった。逢ってあの白くて長い指をわたしの指にからませたかった…あや!時々授業中に独り言をした。となりの生徒がそれを聞いて、変な眼で睨んだ。もうわたしには、あやと逢うためだけの通学でしかなかった。
 わたしの我慢もとうとう限界に達した。型どおりの先生たちの授業は受けるに値しなかった。
「こんなもの、箸にも棒にもかからないって言うんだ!」わたしが大声で叫ぶと、先生のチョークがわたしめがけて飛んできた。ほかの生徒たちは、大いにはやし立てて、わたしの味方をした。このときばかりは、先生対生徒の戦争になった。箒を持ってくるもの、バケツを鳴らすもの、男子生徒は先生に靴を投げつけた。女生徒たちは手を叩いて喜んだ。くだらない授業をぶち壊す快感なのだ。幾日も幾日にも亘って蓄積したみんなの鬱憤が噴き出したのだ。
 わたしはそっと教室を抜け出して、あやを心で呼んだ。あやが答えた。空から赤い葉が舞い降りてくるんだ、いつも。わたしは駅のホームに急いだ。あやはもう来ていて、わたしを待っていた。
「りょう!」
「あや!はやかったね」
 わたしたちは電車に飛び乗り、発車を待った。ベルが鳴った。ドアが閉まった。ドアの向こうに教頭の顔が見えた。電車のガラス窓をバンバン叩いている。わたしを追ってきたのだ。馬鹿なやつめ!ハハハ…ふたりして笑ってやった。

 あれ以来、堅く閉ざされていたお屋敷の門の、鉄の扉が少しだけ開いていた。わたしたちは、玄関へと走った。早く母に会いたかったのだ。扉を開けると、母を呼んだ。わたしの声がお屋敷に響いた。返事はなかった。あの部屋、あの処刑のあった部屋の扉がかすかに開いていた。わたしはそっと開けてみた。ああ、あのすばらしき悪夢を想い出させる…だれもいなかった。なにもなかった。シャンデリアも、ベッドも、ただ、不思議な形の塔だけが暗闇にぼんやりと見えた。奥の部屋へわたしたちは行った。たぶんあの部屋だとわたしは感じた。その部屋は、父の母親が使っていた部屋―父のノートに家の平面図が描いてあって、「母の」とメモしてあった―あの部屋の前に来た。あの時のように、ドアの下から光が漏れて揺れていた。そっとドアを開けると、ベッドの上に母が眠っていた。腕を胸の両側に開いて、まるで、母の本棚で見た、水に浮かぶオフィーリアのように、眼を半開きにしたまま眠っていた。窓からの光が部屋のなかで散乱して、母は美しい死体のように見えた。
「お母さん…」わたしは小さな声で呼びかけた。もしも死んでいたらどうしようと思いながら…
「お母さん…」もういちど呼びかけた。こんどは少し大きい声で。
「……」ああよかった、母の瞼が動いて、眼が天井の光の反射を追った。
「お母さん、お友達を連れてきたの…」
 母は胸の上に片手をのせて、ゆっくりと起き上がった。こんなに美しい母を見たことはいままでになかった。今朝までの母の顔とは違っていたのだ。あの写真のなかの「伯母」の顔に似ていた。窓からの光が長く白い髪の毛を透過して、一本一本の銀のすじを輝かせていた。
 母はじっと、「あや」の顔を見つめていた。そして、手で顔を覆った。手の隙間を流れ、唇を伝って、いくつもの泪が落ちていった。母の身体が大きく縦に揺れた。声もなく、嗚咽していたのだ…
 母は立ち上がり、「あや」を抱きしめた…
「りょう…りょうちゃん、わたしのりょうちゃん…」
母は叫ぶように声を絞り出して「あや」の脚にとりすがった。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…」
 「あや」は母の頭を撫でていた。機械的に…顔はほほえんでもいない、怒りの色もない、無表情だった。
 わたしはただ、その光景を見ていた。私もなにも感慨も感激もなかった。こういうことも世の中にはあるものだと、そう思っただけだった。むしろ、わたしの予想通り、母が「あや」を笑顔で出迎えてくれ、よくいらしたわね、と言って、ふたりを抱きしめてくれたとしたら、わたしは泪するほどに嬉しかっただろうけれど…そして、わたしの妹が生きていたことにしだいに気づき、感動して、喜びに泪を流してくれていれば…
 母は謝り続けていた。「あや」は首を横に振って、少しわずらわしそうだった。
「お母さま…どうぞ立ってくださいませ」「あや」がそう言って母をベッドに座らせた。わたしたちも母の両側に座った。母はふたりを両腕に抱いて、交互に頭を寄せた。
「お母さん…わたしの妹?あや?」わたしは母に確認した。
「…そう、ほんとうの、りょう」やはりそうだったのだ。わたしは「あや」で「りょう」ではなかった。「りょう」は仮の名で、ほんとうは「あや」だったのだ。でも「りょう」がなにかの理由でいなくなり、わたしが父のために「りょう」と呼ばれるようになったのだ。わたしはほんとうは「りょう」ではなく「あや」なのだ。だから妹は「あや」ではなく「りょう」なのだ。
「りょう?」わたしは妹に確認した。
「いいえ、あたしはあやよ!…佐々木綾(あや)!」妹はきっぱりと言った。
「ごめんなさいね、りょうちゃん、この子は一歳のときにお父さまのお姉さま、麗紗さんが、佐々木家へ養子に出したの…わたしは悲しかったけれど、仕方がなかったの…灰川家は双子で家が潰れると、麗紗さんが言ったの、わたしたちはその言葉が真実であることを知っていたし、もうこれ以上、罪を犯すことができなかった…罰を受けることも限界だったの…そして、わたしの母の知り合いだった、佐々木校長に相談して、校長先生の親戚へ養子にもらっていただいたの…あやちゃん…ごめんなさいね、わたしの本意ではなかったけれど、あなたを手離したわたしは、どんなに責められてもいい…でもあなたがこんなに元気に育ってくれていたことが、わたしは嬉しかったの…りょうちゃんもごめんなさいね、あなたの名前を勝手に呼び変えてしまったこと、お父さまとともに謝ります…」母はわたしと、妹の手を握り、交互に頭にキスをして、許しを乞うた。
 わたしは母を許した。たぶん許した。でも、妹のあやの心はわたしには読めなかった。硬い鎧で閉ざしていて、隙間からひとすじの光も、見えなかった。

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