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michianri

Author:michianri
せつない 想い…
つたない ことばたち…
やりきれない 心…

『詩片日記…薔薇園…片想い』

第一章『詩片日記』
surrealiste
 hypochondrie
    ~prologue
       灰川道緒

第二章『薔薇園』
     
       鵜沓 綾

第三章『片想い』

       野川美千夫  

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(c) 片想い…
design by Echizen
photo by mizutama

せつない ラヴレター つたない ことば やりきれない 日々… 


     (九月十四日 午前)   
「とてもしずかな、朝の部屋。しずけさってとても美しいものですね。そのなかに身を置いているぼくの心も空気に溶けて、透き通っていくようです。」窓の外は曇っていて、微風が竹の葉を揺らし、蝶の羽の形の、葛の葉を渡って、その花のあまずっぱい香りをぼくに伝える。ぼくは深く息をした…「ぼくの心が、このままおだやかでありますように…」

 なんて青い空!朝の涼しげな風のなかで、夏の名残の蝉たちの声が、窓を閉めきってあの人からの最後のお香のひと茎を燃しているぼくの耳に、無数に、かすかに聞こえてくる。しずかな匂いと、ものしずかな横顔と、野薔薇の実のお茶の味が、ぼくの深いため息を救ってくれた。
 かつて、これほどまでの印象的な苦しみを味わったことはなかった。このあまく、せつない苦しみほどに、ぼくの心をとらえて離さないものはない。ぼくの心の露が、あの人の胸にそそがれてゆくように思いたいけれども、そのかわし方がとてもあざやかで、ぼくはただ呆然ととほうにくれるばかり。しかし、この花の開花を待たずに、ぼくがこの場を離れたとしたら、その美しい花は、だれがつみとるのだろうか。思いもしない出会いが蕾を持ったのに、その花の形も色も見ずして、去っていかなければならないとしたら……
 あの人の住む方向から風が、強く、流れてくる。空には、雲はひとかけらもなく、ただ、昨夜のルビー色の月が色ざめて、西の空で首をうなだれていた…
 …こんなにもしずかな朝は、ぼくの吐息ばかりが聞こえてくる。まるで立体感のない空は、山のむこうに青い紙を貼りつけて、ぼくが見つめても、何の答えも返ってこない…あの人からの風を受けて、ぼくが走るとするならば、あの月を追って、白く輝く星となるだろうか。あの人からの匂いやかなことばを受けて、ぼくが泪するならば、あの空のむこうに溶けて、消えてしまいたい……

 ふと夜空を見上げた。美しい銀色の月と、輝く星たち。強風でよごれをはらわれた透き通る漆黒の天空に、ぼくの想いはひろがってゆく。走る雲は月のまえでは銀箔のレースとなり、月はプラチナの横顔をそのレースで覆ってしのび微笑む…鮮明なオリオン座は月にむかい、西の空に飛び去る白鳥のデネブをカシオペアが追う…流れる星は、またたきのまに消え、ぼくのねがいすらとどかないけれども、あの人への想いが夜空を駆けるなら、この月の輝きに乗せて、とどけたい。風にむかうぼくの心は今、この美しい光り輝く夜の闇のなかで、青く飛翔する輪郭を持った……

 なぜ?なぜこんなにも悲しくなるんだろう?なにが悲しいのか?ぼくにもわからない、ただ、なんだか限界が近づいているような、崖のふちに立っているような…泪が、とまらない、なぜ、あなたと出会ってしまったのだろう…目がしらをおさえても、とまらない泪…なぜあなたと、こんなにも離れているのだろう……

(…夜、あなたが厖大なカタログに埋もれているまに、ぼくはあなたへの想いの山に埋もれて窒息していたんだ…あなたが、ふとそれらから顔をあげたとき、ぼくのほうを一瞬見たけれども、あなたの眼のなかに、ぼくは残っていなかった…あなたがふたたび、それらのなかに顔をうずめると、ぼくはふたたび、窒息をつづけた……)

 沈黙のなかで、しずかに、ぼくが忘れようとしているのは、この先の幻想と、過去のまぼろし…ぼくに必要なものは、あなたと対面しているこの時ばかり、いくら時が流れても、あなたを見つめつづけるぼくは、ひとつとして思い出しもしないし、幻想もいだかない…あなたの美しい横顔は、外の強い風さえも、音のしないゆるやかな動きに見せる、あなたのやさしい横顔は、ぼくのしずかなもの思いさえも、忘れさせてしまう…今、この時のなかにいて、もしも、あなたがくちびるを開いたなら、ぼくは、ぼくはすべてのぼくを開かせる……
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 父の死体には首がなかったのだ。見事な天井の血の銀河の理由がわかった。母が薔薇の根元に埋めたという父の首は、どうなったのだろうか。わたしも姉も、玲も、りょうも、いくどもこの薔薇のそばを通り、この薔薇の香りを嗅ぎ…玲とあの薔薇園で出逢ったときのこの薔薇の木は、わたしたちにとって、四つ角にある薔薇窓のカフェのような存在だった。この木の根元に父の首がずっと眠っていたなんて、考えるだけで吐きそうだった。

 またわたしの頭痛が始った。わたしはにんまりとした。姉がわたしをベッドに拘束した。これもいいさ。頭痛がしているあいだは、なにも考えなくていいからね。これも素敵なのだ。父の首ととっかえてやってもいい!…

 姉と玲は、薔薇の根元を掘った。根元というより、その薔薇の木を抜いて1メートル四方を調べた。首はなかった。歯のかけらすらなかった。わたしは姉の落胆がわかった。頭痛の最中はさらに姉の心が伝わった。でも、伝わってもどうすることもできなかった。姉はもうわたしひとりの姉ではなかった。玲にとってもひとりの姉だった。ふたりは姉妹のようだった。姉の髪の毛がしだいに伸びて、玲の髪の長さに近づくごとに、ふたりは似ていった。
 わたしはベッドのなかでそれをじっと見ていた。よく観察した。使えない頭は、一点のみ集中できた…ああ、ふたりは双子のようだとわたしは思った。
 向かいあって話しているふたりを見ているのは気持ちよかった。頭痛が眼の裏側に進むと、ふたりを見えなくした。目玉がミルク色に濁っていくような感じがした。そうすると、ふたりがなにかひそひそと相談している声は、わたしをおとしめるための計画を練っているように思えた。
 姉に玲をとられたわたしは、嫉妬した。でも、ふたりをわたしは許した。わたしにはやらねばならないことがあったからだ。彼女たちにも手伝って欲しいと思ったが、わたしの首を切り取るのは…父のように切り取るのは、ふたりとても不可能だった。わたしがいつもやるように薔薇の花みたいに簡単にもぎとれればいいのに。

 姉と玲は、伯母の日記をはじめから調べ始めた。何十冊もあるそれを調べるのには根気がいった。わたしたちは、十代の日記と最後のものには眼を通していたが、残りの日記からは母との出会い、父の非道ぶり、母の狂乱…次々と幻のような現実が現れた…

 伯母は、学生の時から家に寄り付かず、外にずっと出ていたが、ある日、家に戻ってみると、弟は結婚していた。それも可愛い女性と。伯母は、弟の妻を見て一瞬、胸の高鳴りを覚えるけれども、まさかと思い、そうそうに実家をあとにした。しかし、周りに住む人々の唇はかってに動いた。伯母の姿を見つけると、口々に「いいお嫁さんがいらしたわ」「灰川家もこれで安心ですね」「従妹ですって!?」「ご親戚からもらわれたそうね」…耳に入れなくてもいいことまで、伯母の耳に突っ込んだ。
 伯母は愕然とした。その親戚というのは自分が生んだ子をあずけた家だったのだ。すべての事情を内密にしていたので、こんなことになったのだと、伯母は自分の母親を恨んだ。
 伯母は実家の近くに家を借りて住んだ。弟を監視するためと、わたしたちの母を見守るために。でも父は感づいた。伯母の眼の色で、その考えていることをすぐに見破ったのだ。父は伯母を家に入れなかった。門から先、入ることを拒んだ。父の赴任中は、わたしたちが学校へ行っているときに、母に会いに来ていた。
 母は父を好きだった。どんなにはずかしめられても、愛していた。人を強制する、人を支配する快楽が人にはあるように、強いもの、強引なものに服従する快感というものもたしかにある。わたしならそれがわかる、その両方が。姉もそれを理解しただろう。しかし、母はまるでなにもないかのように、わたしたちに接した。子供の直感は、どんなに顔色や服装でごまかしてもそれを突き通すものだが、わたしたちには、母はとても幸せに見えた。ただ、伯母の前では母は泣き崩れた。ほんとうの母に助けを求めるように、伯母の胸にいだかれた。実の母とは知らずに。
 父は赴任先で愛人と暮していた。それに気づくのにはたいした努力は必要なかった。電話にその女がたびたび出たからだ。男は必ず、生存の証しを自らの歴史に残すことを本能づけられているものだ。自分の遺伝子をこの世に残さねばならないのだ。父はその本能に従ったまでだった。赴任中にその溢れて漏れそうな性欲を処理するには、それを吸いとってくれるジェルが必要だったのだ。伯母は父のところへ確かめに行った。父は嬉々として生活していた。その女性も妻のように寄り添っていた。伯母は父と同棲している女性の名を日記に記していた。
 わたしたちは…わたしと、姉と、玲は、その名を見て、背筋に氷のナイフを突き立てられたようになった。その名をここに記すことさえはばかられた。だって灰川家は「りょう」が生まれて、新しい血を交えて、新しい道に進むのではなかったのか。こんなにも仕組まれたおぞましいことがこの世に現出するなんて、血で呪われた家系を絶ち切るのは、こんなにも難しいものなのか。わたしたちは愕然とした。そして玲は…わたしのいとおしい玲は、くずおれて、泪と、血を吐いた。「鵜沓涼子」という名が伯母の日記に丁寧な字で書かれていた。玲の母親だった。わたしたちは、それ以上読み進めることはできなかった。なぜ伯母の日記を手にとったのだろう、なぜ読んでしまったのだろうか。いや、伯母はなぜこの日記を残したのか。わたしたちの眼に触れることを望んだのか…いや、姉が伯母の日々を切断したのだ。伯母は日記を処分する時を与えられずに、ばらばらになってしまった…夜が急に襲ってきた。この世の暗さにわたしたちが気づくまで、夜は黙していたのだ…わたしの頭痛のもとは、この夜のように姿を隠して、この家の道を見えなくした…
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