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michianri

Author:michianri
せつない 想い…
つたない ことばたち…
やりきれない 心…

『詩片日記…薔薇園…片想い』

第一章『詩片日記』
surrealiste
 hypochondrie
    ~prologue
       灰川道緒

第二章『薔薇園』
     
       鵜沓 綾

第三章『片想い』

       野川美千夫  

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(c) 片想い…
design by Echizen
photo by mizutama

せつない ラヴレター つたない ことば やりきれない 日々… 


     (八月十八日 夜)
 昨夜、もう十二時を過ぎていただろうか。東の空をふと見ると、まるで、泣き腫らした眼のような月が滲んでいた。ぼくはわかっている…あなたのことを、忘れていたわけではなかったけれども、ぼくの心の大部分を占めているある人への想いが強すぎて、その苦しさにぼくの心も翳りがちな日々を送っていたんだ。だから、瑠璃色の朝顔も、ぼくが窓からながめるときにはもう、筒を閉じて黙っていた。あなたが白く色ざめて、西の空に傾くころには、すでにぼくはすべての窓を閉めきって、ある人を想うための香りを充満させて、爬虫類のような葉脈の隙を塗りつぶしていたんだ。だからごめんね、お月様。むかしぼくがあなたのことを、あなたの、海のような光の底を、詩っていたことが思い出されて…このぼくを、ゆるしてください……。




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 ぼくが沼のなかでもがいたからって、あの人にはまるで関係ないことのように日々が過ぎてゆくだろう。ぼくがいくら沼のなかで陶酔したように眠っていても、あの人には、まるで、別の星の出来事に思えるだろう。ぼくのくだらないおしゃべりは、街の騒音と同じように、あの人の耳を通過してゆくだろうか。ぼくのまるで空虚なことばは、星のつぶやきのように、あの人の心には、とどかないのだろうか…  
    
 悪い傾向というものは、引き継がれていくけれど、泉のように湧いた良い心はなぜ途切れてしまうのか。何かを捕らえて踏み潰さねば、代々と悪い因縁は受け継がれていくものなのだ。 
 灰川家は典型だった。二百年もこの傾向を延々と続けてきて、それを断ち切る機会はあたえられなかったのか。わたしにも、姉にも、母にも…。
 ただ玲と、りょうにはこの澱んだ血を薄めて、白に近い、いや透明に近い糸を、織り込んでほしいと、わたしたちは願った。

 あくる日の午後、ふたたび父の部屋の床にもぐった。伯母の埋められていたところをもう一度丹念に調べた。しかしなにもそこには残っていなかった。わたしたちはその穴の周りに座って、しばらく考えていた。伯母を供養することは、灰川家を供養することにもなったはずなのに、わたしたちにはまだやるべきことがあるのだろうか。
 たぶん二人も同じことを考えていたに違いない。ときどきそれぞれの眼をあわせただけで、それが読みとれた。

 玲が、わたしの後ろの方へ視線を移した。わたしと姉もその方向を見た。通気口から入り込んだ夕暮れの光が、淡いほこりのなかを進んで、床下の土を一ヶ所照らしだしていた。そこに何か光っているものが見えた。外の壁際に近かったそこは、土が乾き、白く、砂のように見えた。
 わたしたちは這って、その光るものを拾いあげた。蓋のようなものだった。錆びて緑青が浮いていたが、小さくまるい把っ手の部分は錆びずに陽を受けてきらきらと光った。姉がそのあたりの土を手でのけてみると、石が出てきた。御影石の一部が見えた。わたしたちはスコップでそこを掘った。かなり大きな石が、三本横たわっていた。なんだろ?姉がスコップの柄で叩いた。石と石の間の砂が、隙間へ落ちた。もう一度叩くと、砂がすべて落ちて、闇が筋となって現れた。なんだろうか?背筋に氷の走るような冷たさが降りていった。この石は一メートル近くあって、とても動かせそうになかった。身体を起こせればなんとか三人でのけることもできそうだったが、四つんばいの姿勢では、とてもだめだった。隙間からはカビのような臭いがした。下には空間があって、石を叩くと音が響いた。

 次の日、わたしたちは再度床下にもぐり、石のまわりの土を取り除いた。姉も玲も、わたしも、なにかにとりつかれたように手を動かした。石は四面ほぼ同じ幅で横たわり、下の空間の蓋の役目をしていた。まわりを掘ると、枠になるふち石が出てきた。一本ずつ隙間をひろげて、三人で転がせばなんとか動きそうだった。姉がスコップを刺し込み、わたしがその柄を足で蹴って、隙間をひろげていった。そしてみんなの力を合わせて、端の石から一回転させた。鈍い音がして御影石がふち石に当たって、転がった。一本の暗黒が縦長に開いた。真ん中の石も回転させ、端に寄せた。三本目は反対側に回転させた。暗闇の先は、見えないベールが漂っていて、わたしたちを躊躇させた。姉が明かりを照らすと、石段が下の方へ降りていた。人ひとり降りられるぐらいの狭い石段で、その先はいまだ暗くて、なにも見えなかった。わたしがまず降りてみた。腰をかがめて、石段の先を照らすと、短い通路があって、その奥はやや広い部屋があった。そして石の棚が上から下まで作ってあり、焼き物の骨壺がびっしりと並んでいた。それは、黒い陶器や、白い磁器や、割れて中から骨のかけらがはみ出しているものや、泪のような露をつけているものや、融けてぼろ布のかたまりのように見えるものや、鮮明な藍絵が光を反射して生々しい感じを受けるものが、並んでいた。小さいものは子供だろうか。下の棚に一列に並べてあった。
 わたしが声もださずにその場を動けずにいたので、知らずうちに、姉も玲も狭い通路を降りて、わたしの後ろからこの納骨堂を見つめていた。
 「すごい数だわ」姉が口を開いた。納骨堂を見るのは初めてだった。お墓の下にあるちいさな空間とはくらべものにならないほどの広さと、骨壺の数だった。
 「これは全部灰川家のもの?」玲がわたしたちに尋ねた。
 「…」わたしと姉は答えようがなかった。たぶんそうなのだろうけれど、骨壺に名前が書いてあるわけでもなく、なんとも言えなかった。二百年と聞いている灰川家ならば、これぐらいのお骨があっても不思議はなかった。
 「後ろになにかあるみたい…」玲が明かりをいちばん奥の骨壺にあてた。そこには札のようなものが見えた。わたしはそっとそれを取り出した。位牌だった。表には文字が彫ってあり、もともと金色の文字だった面影がかすかに残っていた。裏を見た。はげかかった金文字で、うっすらと灰川の字があった。わたしはそれを姉に渡した。姉は表の文字を読もうとしていた。玲がそれを覗き込んでいる。わたしは他にも位牌がないか探したが、他には一本もなかった。しかし、灰川の納骨堂であることはこれで確かめられた。わたしたちは位牌を持って外に出た。石の蓋はそのままにして、父の部屋へ戻り、これからどうするかを三人で話した。
              
あなたの声のなかに、とりとめのないぼくの声を混ぜて…
          
あなたはぼくに、インスピレーションのすべてをあたえてくれた…

樹幹のもっとも美しい部分を、克明に、画面のなかにドラマティックに、葉や生殖器や果実や虫を見せる、ような…
例えば、葉にうずもれてきわめて美しく腐った薔薇の姿や、長雨の仕打ちにボールになったブルボンローズや、雨にうたれて深く枝垂れた花の房や、散りゆく花弁…
例えば、人々のそれぞれの哀しみや喜びや、苦しみやせつなさの流れを描くような…

あなたはぼくの天使かもしれない…
あなたはぼくのすべてかもしれない…

 
     八月十二日 夜 10:55 (あなたからの手紙を読みかえして)
 ぼくは、こんなにも素敵で、美しい、可愛い手紙を見たことがない。ぼくはあなたのことばに狂ってしまった。さらにあなたのことばの模様、あなたのことばの綾が、ぼくを最高に狂わせて、もつれさせた。
 あなたは、ぼくがとても大袈裟だと思うでしょう。たしかにぼくの頭のなかには幻想の綿が詰まっているかもしれないけれど、その綿が吸収するあなたのことばのニュアンスに含まれる心がぼくのエナジーとなっているのだ。
 ぼくは、こんなにも、やさしく、美しい手紙を見たことがなかった。
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