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michianri

Author:michianri
せつない 想い…
つたない ことばたち…
やりきれない 心…

『詩片日記…薔薇園…片想い』

第一章『詩片日記』
surrealiste
 hypochondrie
    ~prologue
       灰川道緒

第二章『薔薇園』
     
       鵜沓 綾

第三章『片想い』

       野川美千夫  

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(c) 片想い…
design by Echizen
photo by mizutama

せつない ラヴレター つたない ことば やりきれない 日々… 


           
 わたしたちは再びいっしょに暮し始めた。夢のなかを彷徨っていたりょうも、ぐっすり眠るようになった。ようやく平穏な日々がやってくるのだろうか。風もない、波もないおだやかな凪の海のような日々をわたしたちは望んだ。ただ、姉の言った「伯母の遺体をちゃんとしないと、死ねない」という言葉が、わたしも玲も気になっていた。それだからこそ、姉にこの家でいっしょに暮すことを承知させ、姉のベッドをわたしたちの部屋につめ込んで、四人でひとつ部屋に寝ることしたんだ。

 ささやかだけど、楽しい夜だった。やさしく流れる夜をわたしたちは過ごした。マルテもはじめから朗読した。するとりょうはすぐに瞼を重くして、玲の胸のなかで眠った。私たちも眠った。マルテが眠れぬ夜を語りつづける夢を見ながら…

 姉のおかげかもしれない。姉が死なずにこの家に戻ってきてくれたおかげで、わたしたちは波のおだやかな海で過ごすことができている。姉の罪は、十年間苦しんだことと、伯母の遺体を掘りあげ、墓に埋葬したことで、すべてを赦してやってほしい。姉は長い入院と、わたしの看護と、そして、伯母へ心を開くことで罪をつぐなったのだ。もうこれ以上責められることは、わたし自身の消滅を意味しているように思えるから。姉への非難はわたしの同罪をも意味しているのだから。どうかこの手記を読む者よ。姉とわたしを赦してください…

 だが、あなたが、わたしたちを赦したとしても、神が罰の鎖を解き放つはずもなかった。あまりにも大きい借財は人々を麻痺させるように、わたしたちは自らの罪の深さに麻痺していたのだ。深海魚が猛烈な水圧にも耐える身体を進化させていったように、わたしたちも深い罪の底で、何食わぬ顔で息をしていたのだ。そんなわたしたちを、神が赦すはずもなかった… 
 誰かが、夜中にうなされた。それが誰であるか、わたしたちにはわからなかった。わたしたちの誰かであるはずなのに、誰もそのうなされる声の主を特定できなかったのだ。
 ある日の夜半、再びりょうが起き上がった。姉がそれをじっと見ていた。わたしも姉の気配で眼が覚め、ドアの方へ歩くりょうを見つめた。玲は眠っていた。ときどき深いため息をついていた。姉とわたしは、りょうのあとを追った。りょうはちゃんと眼をあけて暗闇を歩いていった。廊下を曲がり、父の部屋の前でわたしたちの方へ向きを変えて、しゃがみ込んだ。わたしたちと視線があったが、彼女には見えていないようだった。廊下の真ん中で彼女は膝を抱えて座り、そして眠った。その姿は、なにかを待っているようにも見えた。また、なにかに身体をあずけているようにも見えた。
 わたしはりょうを抱え、寝室に戻った。玲は眠っていた。わたしと姉も、眠った。

 そういう夜が幾日か続いた。そのうち、玲も起き上がるようになった。平然とした顔でベッドを下り、りょうを連れて廊下を歩いた。ときどき誰かに話しかけていた。言葉はわからなかったが、なにかを尋ねられ、それに答えているようだった。そして父の部屋をノックした。返事はなかった。ふたりはドアの前でうずくまり、眠った。わたしと姉は、ふたりをそのままにして母の部屋へ戻り、向かいあった。
 姉が言った。
 「ねえ、道緒ちゃん…なにかあるわ」
 「そうだね、姉さん」
 「まだ伯母が残っているのかもしれない…」
 「あした、見てみようね」
 「ありがとう…」

 わたしたちは父の部屋の前まで行き、ふたりをそっと寝室へ戻してやった。まばたきをしないほどにふたりの夢は深かった。横になっても両の眼は開いたままだった。
 わたしは姉のことを思い出した。あのときの姉も、眼を見開いたまま寝ていたことを。

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 なにも考えないですむなら、なにも思わないですむのなら、なにも感ずることのないぼくでいられるなら… …こんなにも激しく苦しむことはなにもない。ぼくのなかで生きつづけるある人の幻影に、こんなにもぼくの魂が揺れるなんて… …すべてのことばがなくなれば、すべての文字がなくなれば、ぼくの心のすべてがなくなれば… …こんなにも哀しく泪することはなにもないのだ。ぼくの心を支配しつづけるあの人の香りに、こんなにも、こんなにもぼくのすべてが侵されるなんて… …あらゆるやさしいことばや、あらゆる花が消えてなくなれば、ぼくは平然と、ぼくでいられたのか?…
          (八月十日 午前 雷雨) 
 雨に濡れた美しい木々を見ていると、ある日の記憶がよみがえってくる。過ぎ去った雷雨のあとの強烈なしずけさのなかで、その想い出にまつわる風の動きが、青い竹の葉の揺れに想起されてくる。遠くの木々の、音のしない揺れに、風の渡る想い出が次々と流れていく。ときどきの無風の、絵のように貼りついた風景は、ぼくの眼の底に映り込んだ。…ひよどりの声が、かすかに聞こえる…。



☆『エピソード』は『Epitaph/墓碑銘』(別掲載)へ採用した、灰川道緒の日記です。
                       りょう記す

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