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michianri

Author:michianri
せつない 想い…
つたない ことばたち…
やりきれない 心…

『詩片日記…薔薇園…片想い』

第一章『詩片日記』
surrealiste
 hypochondrie
    ~prologue
       灰川道緒

第二章『薔薇園』
     
       鵜沓 綾

第三章『片想い』

       野川美千夫  

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(c) 片想い…
design by Echizen
photo by mizutama

せつない ラヴレター つたない ことば やりきれない 日々… 


         
 オレンジ色に無数に垂れさがったすがれ花、きのうのうす黄の夢は消えていった…
 今日は、ジャック・カルティエが二輪咲いた。真夏でもよい香りがする。アップルグリーンの美しい葉、首の下にすらっと伸びて、可愛い花をのせている。その花も、あなたに見えてしまう…
 茉莉花の花も毎夜咲いては散ってゆく。ときどき香りが、少し涼やいだ夏の夜風に乗って窓から香る…
 セレステやシャルル・ドゥ・ミルは、あなたの言われるとおりの印象的な葉で、ますます美しい灌木となってゆく。C・F・マイヤーの四メートルのシュートの先にぼくはちっちゃな蕾を発見した。あんなに上空で花を開くつもりなのかしら…手のとどかないある人への想いがふたたび思い出されてくる… …れい様はお元気だろうか。明日手紙が来ることを願って、日記を閉じた。
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 姉は以前と雰囲気が変わっていた。長かった髪の毛をショートにして、健康的な感じを受けた。門を出て行く後ろ姿は、はっきりと目標を目指しているような歩き方だった。病院以外に外で暮らしたことのなかった姉が、この三年間、たぶん色々な人と接するうちに、心の傷の覆い方や、棘の隠し方も学び、生きる楽しささえ、知ったように見えた。
 玲が姉となにを話していたのか、玲が自ら話すまでわたしは聞かなかった。でも玲はなにも話さなかった。その方がよいと思ったのだろう。賢明な彼女の判断は、常に正しいとわたしは思っていたから。たぶんわたしの耳には入れたくない、なにかこの家にかかわることだったのかもしれない。わたしのなかの、父が目覚めないように、いままでのように、これからも、そうしなくてはならなかったのだ。

 
 りょうがおかしな行動をとるようになった。
 …また夏が、近づいたのだ。
 玲がわたしを起こした。真ん中に眠っているはずのりょうがいなかった。玲の指差す先、ドアのところにりょうは、ドアに向かって立っていた。ドアを見つめている。そして手を差しのべると、ドアが開いた。彼女は廊下をゆっくりと歩いた。そして、父の部屋の前で止まった。
 「りょう…」わたしは声をかけた。玲が指を口にあてて、なにも言わないようにわたしに伝えた。わたしの声に反応しなかったりょうは、廊下に座り込んで眠ってしまった。わたしがりょうをかかえて、ベッドに運んだ。

 わたしたちはしだいに眠りが浅くなった。りょうが夜中起き出すことが多くなったからだ。医師にも相談したが、そのうちに治るでしょう、としか言わなかった。ただ、夢遊中は声をかけないように、またショックをあたえないように、と言われた。玲は自分が小さいとき夢遊病だったと話した。初潮があってからそれは無くなったとも言った。わたしは少し安心した。子供の脳は大人が思っている以上に猛烈なスピードで発達するものだから、脳と身体のバランスがくずれてしまうのだろうか。それとも、夢を操作するなにかが脳のなかで蠢くのかもしれない。わたしがそうであったように。りょうがそうでないことをわたしは祈った。

 
 ある日、姉が尋ねて来た。わたしは窓から庭を眺めていた。梅雨の雨が庭一面を覆い、霧のなかにあるようにけぶっていた。そのなかを歩いてくるグレイコートの姉の姿は、ひとつの灌木が移動しているように見える。それはなにか棒のようなものを持っていた。スコップだ。傘で顔は見えなかったが、コートにスコップの先が貼りついて大きなあざに見えた。玄関にたどりつくと、呼び鈴を鳴らした。玲の迎える声がする。りょうも挨拶をしていた。わたしは行くべきか、躊躇していた。
 「道緒さん」玲の声がする…わたしは玲の声が好きだ。遠くで聞こえる声はわたしを夢のなかへ誘う声だったし、耳もとで囁く声は、夢を実現させる声だった。
 「道緒さん…」
 わたしは廊下に出た。姉がコートを脱いで、スコップを胸の前に斜めにしっかりと持ち、立っていた。
 「道緒ちゃん、わたしの話しを聞いてくれる?」
 「ええ…」
 わたしたちは、寝室へ入った。わたしと玲はベッドに座り、姉はスコップを椅子に立てかけて、座った。
 「道緒ちゃん、玲さん、ごめんなさい、突然で…」姉はなにか決意を持っているように見えた。
 わたしは、姉の手に自分の手を重ね、そして言った。 
 「…姉さん、ぼくたちも姉さんに見せたいものがあるんだ」
 「…」わたしは伯母の日記を本棚から取り出して、最後の部分を見せた。
 姉は、握った手をくちびるのところに置きながら、読んでいた。
 とてつもなく長い時が、すばやく落ちてきたように、みんな沈黙を守った。
 
 …静けさが流れた…姉の眼から、大粒の泪がこぼれ落ちた。姉は日記を膝のうえに置き、顔を両手で覆った。だんだんと泣き声が大きくなり、子供が泣くときのように、喉を詰まらせて、泣いた。泪は、伯母の日記の文字にいくつも落ちた。
 りょうがわたしたちを見た。玲がりょうを抱きしめた。
 「姉さん…」わたしは姉を抱きしめた。わたしの身体が姉の冷たい身体を求めた。わたしの手は姉の背中をさすり、わたしの心は、姉の胸を撫でていた。姉は小さく震えていた。わたしは姉の肩を強く抱いた。
 「姉さん、ぼくたちがいるから…」わたしも泣いた。玲も泣いた。りょうも泣いている。みんな泣くと、心がひとつになるものだ。なんでも許せる、どんな話でも聞いてあげる、だれでも愛せる…

 「…道緒ちゃん、玲さん、聞いて下さい…ここにも書いてあるけど、伯母の仕打ちは耐えがたかった…もちろん、わたしもいやな子だった、自分でも、自分をいやなやつだと思っていた… …わたしは…わたしは許せなかった、どんなに身体が悲鳴をあげても、どんなに心に傷を負っても、わたしのなかにある芯は折れなかったけれど、その原因を排除しようとする心が湧きあがってしまったの… …伯母はバイク事故で亡くなったということになっているけど、ほんとうはわたしが殺して、埋めたの…」
 姉はふたたび両手で顔を覆った。
 「…」わたしは、頭のなかが、ぐるぐるまわり始めた。どういうこと?伯母はバイク事故で死んだと、姉も医者も言っていたんだ。そうだ、思い出した。姉の計画だったんだ、あれは。そしてすべて嘘だったんだ…でも、医者がなぜ嘘を?わたしは電話で直接聞いたはずなのに… …姉の顔を見た。一瞬、くちびるの奥で笑ったように見えた…わたしは、現実を引き寄せた… …埋めた?どこに埋めたんだろう。
 「どこに?」わたしは、自分でも冷たいと思うような声で、姉に聞いた。
 「…ここ」
 「え?」
 「…この家の下に…父の部屋の床下…」…そういうことなんだ。わたしの手が白くなっていった。玲がわたしの手を握ってくれた。姉は泣き腫らした眼で父の部屋の方向を見た。
 伯母の墓は、母のそばにあった。わたしたちもときどき花を供えていた…でも、墓があっても遺骨があるとはかぎらない。墓だけ建てたっておかしくはない。伯母と二人暮らしだった姉はなんでもできたはずだ。あの医者はだれ?姉が演じていたのか?…そうだ、きっとそうだ。でもそんなことはいい、それよりも、これからどうするかだ…姉はスコップで伯母を掘り上げようというのか…
 「姉さん、ぼくたちはどうしたらいい?…いっしょに手伝う?」
 「ええ、道緒ちゃん、玲さん、お願いします… …伯母をちゃんと葬ってあげないと、わたしも死ねないことがわかったの…」
 姉はすべてを話した。この家を出てから何度も自殺を試みたが、すべて失敗したことを。そのつど死の間際に伯母がやってきて、死の邪魔をしたことも。夢にも伯母が出てきて、いつも煮え湯地獄から手を伸ばして、助けを求めたことも。姉は伯母を後ろからバットで殴り、熱湯の風呂に浸けて皮膚を剥がし、脂肪を融かし、ばらばらにして父の部屋の床下に埋めたんだ… …わたしの眼の前に、熱湯のなかから手を伸ばす伯母の顔が、皮のない伯母の顔が、浮かんできた… 
         
 オオマツヨイグサを花瓶に入れた。夕方、陽が落ちて採りにいったんだ。そのときはすべて蕾だったのに、今はもう開花を始めた。萼がそりかえり、花弁の開く姿が目のまえに展開される。うす黄の四枚の花弁が、あるときはすばやく、そしてゆるやかにほころびる。すでに花粉は蜘蛛の糸のように絡まり、夜の虫たちを待っている。レモン色のカップはほのかな香りがする。今またぼくの目のまえの蕾が割れた。すこし螺旋に回転して花びらがほどける。中心には四つに分かれた雌蕊の先がのぞく。ゆっくりと、そしてすばやく萼片がそりかえり、花弁が開いてぼくに花のなかを見せた。月の光の精のような花…もうすでに満開となった…ぼくにとって今は、どのような花を見てもあなたを連想せずにはいられない…ぼくは、オオマツヨイグサということばの響きがとても好きだ。まるであなたの名を口にするように…ぼくにとって今は、どのように心が移ろっても、あなたの姿が、あなたの名が、あなたのことばが、ぼくを支配している。
    
 ある日、りょうがしゃがんで泣いていた。父の部屋の前で。
 「しらない女の人がいた…」泣きじゃくりながら、わたしの胸でそう言って、ドアを指差した。そうだった、鍵をわたしはかけ忘れていた。りょうはドアを開けて、なかをのぞいたのだ。そして亡霊を見てしまった…
 「大丈夫だよ…あの人たちはみんな親戚だからね」
 りょうはわたしを不思議そうに見て、「ひとりだったよ」と言った。そうか、女の人とりょうは言ったな。母か伯母の霊が彷徨っているのかもしれない。ふたりともこの世に未練を残して逝ってしまったのだから。母は、わたしたち姉弟を十分に育てることができなかった、いつまでもいっしょに暮らすことができなかった悔しさがあったであろうから。
 「あっちに行こうか?…」
 「ううん…女の人がここにいなさいと言った」
 会話をしたのか、幽霊と。子供の超自然能力はすばらしいな。わたしはそう思った。
 「じゃ、もう少しここにいようね」
 わたしはりょうを膝にのせて、電話台の横にある布張りの赤い椅子に腰かけた。この子はほんとうに澄んだ眼をしていた。わたしと鼻の先を触れあって、笑っているこの子の眼は、透明な墨のように黒い宝石を思わせた。母の玲に似ていたが、玲の瞳はややグレイがかっていたから、そっくりな母と子の唯一の違いは、その眼の色だった。
 …それからなにも起こらなかった。物音ひとつしなかった。わたしはやがて眠ってしまったようだ。子供を抱っこしていると、その匂いとあたたかさで、つい眠くなるものなのだ。

 だれかが肩に手を置いた。わたしが見あげると、姉が立っていた。
 「姉さん…」姉は蒼白い顔をして、ほほえんでいた。
 「姉さん…」もういちど呼びかけたが返事をしないで、父の部屋の扉を抜けて、向こうに行ってしまった。
 「姉さん!」わたしはけんめいに手を伸ばしたけれど、わたしの手はどこにも見えなかった。でもそれもすぐになぜだかわかった。わたしは廊下の椅子に縛られて、身動きできないでいたからだ。
 ふたたび、扉の向こうからだれかがやってきた。ああだめだ、こいつはだめだ、父が母を引きずって現れた。母を助けようとするけれど、わたしの身体は椅子から離れることはなかった。父の口が大きく開いて、ギョッとする笑顔をわたしに近づけた…くるな!くるな!それ以上近寄るな!わたしは必死に逃げようとした。もがけばもがくほど、ベルトはきつく締まっていく…ああ!わたしの口が父の手によって大きく上下に引き裂かれた… …わたしの肩をだれかが揺すった…

 わたしは眠っていたのだ。りょうを抱いた玲がわたしの前に立っていた。
 「道緒さん、大丈夫?…りょうといっしょに眠ってしまったのね…少しうなされてらしたようですけど…」
 夢だったのか、いやな夢だ。りょうの重みが胸を圧迫して、こんな変な夢を見たんだ、きっと。
 「少し、外を散歩しましょうか」
 「うん…そうしようか」
 三人で庭へ出た。かぐわしい薔薇の葉の匂いがした。桜の木や、ライラックや、ほおのきの葉が風にそよいで、ひるがえり、エメラルドに輝いていた…三人で手をつなぐのも、これが最後かな…わたしは思わずこのことばが心に浮かんだ。ほんとうは、三人で手をつなぐのも久しいな、と心で思ったのに…最後だなんて、いやな予感がした。
 心で思わされることも、そうさせられるのだから、真実のときもある。わたしは用心した。心が、精神がふたたび掻き乱されないように。できるだけ、外に出た。りょうをつれて、庭をくまなく歩き、ふたりで身を隠すことのできる場所をさがしておいた。玲と三人でかくれんぼをするために。

 ある日、薔薇の花の香りの充満している庭で、わたしとりょうは、ある場所に隠れた。ここならぜったいに玲に見つかることはないとふたりで相談しておいたのだ。玲は、隠れ家を見つけるのがとても上手だったから。わたしたちは息をひそめて、玲の近づくのを待った。しかし、いくら待っても玲は現れなかった。わたしたちは待ちきれずに、そこからちょっとずつ移動した。家が見えてきた…わたしは自分の眼を疑った。父の部屋の窓に玲と、そして、あれは姉に違いなかった、ふたりが向かいあって話しているのが見えた。
 「あ、ママ…あの女の人」りょうが指差した。
 ああ、幽霊の正体は、姉だったのか、それも本物の、姉。
 わたしたちはその窓の下まで足早に行った。ふたりが窓を開けて、こちらを見た…姉だ、間違いなく姉だった。
 「姉さん!」そうわたしが言うと、りょうは、わたしと姉を交互に見た。あまりにも似ているからだろう。
 「姉さん、どこにいたの?ずっと玲がさがしていたんだよ」
 「ああ、道緒ちゃん、ごめんなさいね…こんにちは、りょうちゃん、大きくなったわね、可愛い子…わたし、この近くに家を借りることにしたの、それでご挨拶にと思って…」
 「どうして?ぼくたちといっしょに住もうよ、ねえ、玲、それでいいでしょ」
 「もちろんわたくしも、そうおすすめしていたところよ」玲は姉の肩に手をおいて言った。
 「ねえお姉さま…わたくしたちといっしょに、ぜひ」
 「ありがとう…もう決めてきたの、ふたりにそう言ってもらっただけでもうれしいわ、わたし…また参ります」そう言って姉はドアの方へ向かった。窓のところにいる玲とわたしとりょうは、なんだか取り残されたように思えた。

 なぜ姉は戻ってきたのだろう、自ら。玲があれだけさがしても見つからなかったのに、あるいは、もうこの世にはいないのではないかと、玲に話したぐらい悲観していたのに、あっさりと、この町に帰ってくるなんて…なにか考えがあって、目的でもあるのだろうか。
 
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