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michianri

Author:michianri
せつない 想い…
つたない ことばたち…
やりきれない 心…

『詩片日記…薔薇園…片想い』

第一章『詩片日記』
surrealiste
 hypochondrie
    ~prologue
       灰川道緒

第二章『薔薇園』
     
       鵜沓 綾

第三章『片想い』

       野川美千夫  

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(c) 片想い…
design by Echizen
photo by mizutama

せつない ラヴレター つたない ことば やりきれない 日々… 


       
 ふたたび月がぼくの窓をめぐりはじめた。今のぼくには、この月はとても無表情なものに見えてしまう。そんなにも、ぼくの心はすさんでしまっていた。その理由は書かないでおこう。
 (しかし、あなたがあまりにも可愛い。)
 今日も、可愛いナポレオンを描いていた。水彩紙のMOは色鉛筆にはとても描きづらいんだ。毛羽立つ紙面は三度重ねると破れてしまう。でも、この紙もたまには使ってみたくなる。なぜ?ぼかしが完璧の状態になるんだ。繊維と繊維が色の粉を混ぜて絡みあう、そのときがとても気持ちいい。だから慎重に、とても細心の注意で、点描的に塗りこめていく。ナポレオンの一枚の葉には、五つの色を重ねています。まず、Sap Green、そしてJuniper Green、次にCedar Green、そしてApple Green、最後のぼかしはWhite、紙によってはCold grey1を使います。一色Sea Greenを部分的に入れるのですが今回は省略。
 …花は、九色使っています。ピンクから影の部分のヴァイオレットまで。最後のぼかしの白を入れると十色です。紙を横にしてみるとまあ、森のように毛羽立っているよ。
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       『真実』
 わたしはふたたび絵を描きはじめた。集中力に欠けているので、限られた題材のなかから、少しずつ仕上げていった。玲も描いた。ふたり机を並べて描いた。玲は薔薇を、わたしは動きのないモデルを描いた。
 女の子は作り物のようだった。玲に似ていた。「綾」と名づけた。母の好きな名前、「りょう」と。
 玲はわたしに尽くした。りょうにも尽くした。幸せな家族が創られていった。

 庭の山桜の花が強風にあおられて、無数の花びらを薔薇園に散らしていたある日、りょうがわたしのところへ駆けてきた。薄闇が迫っている夕暮れの光が、ぼんやりと庭の輪郭を窓のなかに嵌め込んでいた。窓のガラスにはいくつもの桜の花弁が貼りついては、またふたたびどこかへ飛ばされていった。
 わたしはりょうを抱き上げて、聞いた。
 「どうしたの?ん?」
 「あのね、あのね、あのお部屋にだれかいるの」
 りょうは、息を切らしていた。可愛い小さな手で、となりの部屋を指差した。
 アトリエのとなりは父の部屋だった。今はもう、ベッドも片付け、なにもない開かずの部屋になっていた。わたしと玲とりょうは、母の部屋に移り、三人で寝ていた。ひとつのベッドに三人身を寄せあって眠ることのうれしさ、わたしは子供の頃を思い出した…姉と、腕や脚をからませて眠ることの気持ちよさを、この子にも伝えたいと思い、三人でくっつきあって寝ていた。だから、この子は人のあたたかさを十分に知って育った…
 そのいつも明るい子が、悲しい顔をして、わたしの顔と、となりの部屋を交互に見て、わたしに真実を求めていた。
 
 玲は出かけていた。
 わたしはりょうの手を引いて、となりの部屋の前まで行った。りょうは鍵穴からなかをのぞいたのだろう。ときどき遊びながらそうしているのを、見かけていた。わたしも、その穴をのぞいて見た…だれもいない、なんの気配もしない。
 「だれもいないよ、りょう」
 「…でも」子供は嘘をつかない。生まれつき嘘をつかない生きものなのだ。だから信じてやるのが一番だった。
 「じゃお父さんがあとでよく調べておくからね、わかった?」
 「うん…」完全には納得していなかったが、一応自分の主張が少し認められたので、安心した顔になって、わたしの首に抱きついて、そのさらさらの髪の毛をわたしの耳にこすりつけた。

 「ただいま」
 お母さんだ!りょうは飛び下りるようにしてわたしの身体から離れ、母のもとへ駆けていった。
 母の太腿にしがみついて、にこにこした顔がふたたびよみがえった。
 「道緒さん、どうされたの?」玲はわたしを見て言った。わたしがぼんやり廊下に立っていたからだろう。
 「おかえり…逢えた?」
 「いえ、もう引っ越したあとでしたの」
 「そうか…はやく見つけて、いっしょに暮らさなきゃ…」
 玲は姉を捜してくれていた。見つからなくても、でも、生きていることがわかるだけでも、わたしたちはほっとした。この数年間、うわさがあればどこへでも、玲は出かけて行った。
 「さあ、お食事にしましょうか!」玲は疲れているはずなのに、そのそぶりを見せずに、そう言って、りょうを抱え上げた。
 ふたりはよく似ていた。ほんとうの親子だから当然と言えば当然だけれど、親子でも、双子のように似ていると、少し気持ち悪いものだ。まして、まだ三歳ほどの子供とその母が似ているのは、異様だった。
 
 ふたりが向こうに行くと、わたしは父の部屋の鍵を開けた。
 あれから三年になるのか。なんという臭いだ。カビと、なにか動物が腐っている臭いがした。わたしは窓の方へ行こうと足を前へ出したとき、なにかを踏んだ。ぐじゅっと音がして、強烈な臭いがした。ねずみの死骸だろうか。
 カーテンを開けると、床のところどころに黒いものがあった。わたしは天井を見た。窓からの光にぼんやりとして、すすけたシャンデリアの影が流れる、その左の方へ、あの黒い染みが見えた。しかし、黒い染みは増殖して、ほとんど川のようになって、うねりながら澱んでいた。たぶん、わたしのアトリエだった屋根裏に住み込んでいる、蝙蝠たちの尿が、染み出しているのだ。
 もちろんだれもいるはずはなかった。でもわたしは、はじめから直感していた。りょうがそう言ったときに、わかった。この部屋には、いや、この家には、だれかが彷徨っていることを。誰かのたましいが…。わたしも玲もその彷徨う姿を見ることはなかったが、子供の眼には見えたのだ。父か、母か、伯母か、あの双子たちか…みんな無念のうちに死んでいったものたちばかりだった。彷徨って当然だった。
 もちろんお墓はそれぞれにあったが、母のお墓は灰川家とは離れた別の墓所にあり、母のそばには伯母と双子も埋葬していた。つまり、父と母は同じお墓には入れなかったのだ。父が死んだときに、伯母がそれを当然と考えたからだ。
 
 あるとき、伯母の日記が、母の大切にしていた小箱のなかから出てきた。母の部屋の本棚にそれは隠されていて、玲がある日見つけたのだ。箱の底にくっつけてあった小さな鍵で開けると、なかには、レースの切れ端や、アンティークな鍵や、きらきらする小石があった。それらの下に、青いペーズリー模様のノートが敷いてあって、母の日記かと思い、読んでいくうちに、それが伯母のものであることがわかったのだ。
 りょうが眠ったあとに、わたしは玲とそれを読んだ。読み進むうちに、わたしは吐いてしまった。うす黄色い胃液が、玲の手のひらに水溜りを作った。姉がしたように、玲もまた、わたしの吐物を受けとめてくれたのだった。
 伯母は父の姉と言っていたが、わたしと姉のように、双子だったのだ。日記は十五歳から始まり、その文章には、冷たい水のような、氷のような棘が感じられた。「母」の文字を無数に書いて、それをバツ印でいくども消し、ペンの先で突き刺してあった。ただ、父親のことはどこにも書かれていなかった。すでにこの世にはいなかったのだろうか。
 …弟のことが書いてあった。でも、わたしは、もう読めなかった。玲はひとりで読み続けた。わたしは頭が回転して、悪寒がして、ベッドに横になった。りょうの寝顔が、わたしを平安にもどしてくれた。

 ふと、わたしが眼を開けると、玲の眼がすぐそばにあって、わたしを見つめていた。その透明な眼が、わたしをノスタルジーに落とした。母に逢いたかった。姉にも逢いたかった…玲がわたしの両頬を手で包んで、額を寄せた。
 泪がいくつも落ちて、玲の手のひらに溜まっていった。
 …生きていて、いいのだろうか…わたしは、ほんとうに、この世に、生きていて…
 「道緒さん…」玲がわたしの身体を抱きしめてくれた。やさしい人だ、玲は、わたしの愛した人は、ほんとうにやさしい人だ。あの薔薇園で出逢った、この人は、わたしが想い続けたこの人は、わたしの天使となるだろうと、思った。
        
 今、可愛いナポレオンを描いています…でも、恋の深みにはまったぼくを見てください。このまったく出口のない部屋に入り込んだぼくは、もう窒息しそうになっている。もはや、幻想のくちびるにぼくのくちびるを重ねて、息を吹き入れてもらうしかないのか…
 (れい様って信じられないぐらい可愛い人なんですね。)
 ぼくのすぐ目の前の屋根に、セグロセキレイがとまって、ちゅりちゅりと鳴いている。すだれのむこうなのでぼくには気づかないのだ。可愛い。だんだんこっちへやってくる。とてもスマートなモノクロの身体、ちゅりちゅりと鳴いている。可愛いとても…

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