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michianri

Author:michianri
せつない 想い…
つたない ことばたち…
やりきれない 心…

『詩片日記…薔薇園…片想い』

第一章『詩片日記』
surrealiste
 hypochondrie
    ~prologue
       灰川道緒

第二章『薔薇園』
     
       鵜沓 綾

第三章『片想い』

       野川美千夫  

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(c) 片想い…
design by Echizen
photo by mizutama

せつない ラヴレター つたない ことば やりきれない 日々… 


        
 初雪が降った。双子が死んだ。肺炎だった。風邪を悪化させて、あっけなく逝ってしまった。姉は泣かなかった。まったく泪を見せなかった。以前より予感していたかのように、眼は平静な色で満たされていた。
 わたしはそっと姉を抱きしめた。
 「姉さん…」
 姉はわたしの胸に顔をうずめた。それでも泣かずに、そっと息をしていた。

 わたしは、玲にすべてを話した。妻である姉のことも、母のことも、父のことも、ふたりの生い立ちも…玲はうなずきながら聞いていたけれど、わたしの頭と、姉の頭の両方を、その胸に抱えて抱きしめてくれた。 
 「お願いします…」姉が玲に、あとを託すかのように、小さく言った。
 ぼくは泪が溢れた。素直な姉に、そしてやさしい玲に、感謝した。

 「葬儀」というものは、人々を感傷の湖に突き落とすものだ。
 わたしたちだってそうだった。ちっちゃなふたつの棺が、それを増幅させていた。こんなときは、だれでも、どんなものにでも素直に感謝できるものだ。自分の過去を悔い、人の過去を慰め、生きているわたしたちこそが不幸の主役になった。
 玲は、とてもおだやかだった。静けさをたたえていた。姉のためにそうするように努力していたのかもしれない。わたしたちの頭を撫でながら、彼女も泣いてくれた。わたしの鼻の上や、姉の睫毛の上に、彼女の泪が落ちた。その雫で、姉が泣いているようにさえ見えた。わたしと、姉と、玲は、顔を寄せて、いくども三つのくちびるをあわせて、お互いの哀しみを吸いあった…


 姉は家を出た。そっと行ってしまった。玲にも、わたしにもなにも言わずに。数日して「マルテ」のあいだに手紙の挟んであるのを、玲が見つけて、わたしのところへ持ってきてくれた。わたしは封を切り、ふたりでそれを読んだ。

   道緒様 玲様
 ほんとうにごめんなさい。黙って行ってしまうことをお許し下さい。
 私の役目はもう終えたように思います。道緒さんと、玲さんとで、
 どうか灰川の家をつないでいって下さい。母のお墓を見てくれる人の
 いなくなることが、私にはとても悲しいのです。どうか御二人で仲良くして、
 あの子を育ててあげて下さい。どうかどうかお願いします。
                       かしこ   麗紗

 姉の気持ちはわかった。よくわかった。母のために、すべてを母のために、この血をつないでいく必要があった。可哀相な母のために、わたしたちは血縁を大切にしなくてはいけなかった。そうだ、あのやさしい、だれよりもやさしい、大きなあたたかい森のような、わたしたちを包み込んでくれた母のために、わたしと玲は、命をつないでいかなければならないのだ。


 
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 ぼくはとても強烈なショックを受けた。あなたが超美人であり、超可愛い人であることをまるで忘れていた。なぜこんなことを突然言い出したかというと、今日、あなたの出ている本を再購入し、その場で六十七頁を開いた。するとぼくの眼に飛び込んできたものすごい美人があなただったのだ。一冊目のあなたの写真があまりにも悲惨な目にあっていることは以前お話しましたが、なんということだ、ぼくはあまりにも馬鹿だった、印刷なんて、なんともろいものか、昔の画家のモデルのようだと言ったのも、あなたのドットがあまりにも薄くなっていたせいかもしれない、それにしてもなんてことをしたんだぼくは、とても、とても可愛い、あなたに、ふたたび、狂いはじめた。

                (八月四日 夜)
   れい様?お手紙したいと思う気持ちを抑えることは、とてもつらいことです。
   しかし、あなたにうんざりと思われることは、もっとつらいことなんです。
   どうしたらいいのでしょう?

             
 秋になって、良い事が起きた。玲が妊娠したのだ。だれの子をだって?もちろんわたしの子だよ!姉が玲に懇願したんだ。わたしの子を孕むように。そうすれば、わたしの病気もよくなると考えたんだ。
 夏の終わり頃から、玲は毎晩わたしの上に乗った。拘束されているわたしの身体の上で、上手に腰を前後させた。わたしはなにも感じなかった。玲はなにかを感ずるのか、ときどきわたしの胸の上にくずおれた。感じないわたしが射精するはずもなく、幾時間も、幾日も、それを続けた。たまに「道緒」にもどると、玲にわたしの首を絞めるよう要求し、痙攣しているあいだに、わたしは玲の身体のなかに射精した。日課になると、不思議に、そのことを中断することが罪悪のように思えてくるものだ。彼女はわたしの部屋に通いつめた。
 そして、妊娠した。姉も、双子も、玲も…「道緒」も喜んだ。家族が増えることはいいことだ。この家系を守るためにも。いやいや、この悪に満ちた家系を断ち切るためにも。なぜなら、その子が成長して、この悪辣な系統を寸断してくれるかもしれないじゃない?そこにすべてをわたしたちは賭けた。その子を大切に育てよう。「道緒」もそう思った。こんどこそ失敗は許されない。男の子を産むんだ、玲よ!男の子こそ、この血筋を断ち切るのに必要な力なんだ。そして、近親児ではない、その子こそが、この灰川家の不浄の道を清らかな道へ導いてくれる天使なのだから…

 見事にその期待は裏切られた。玲が産んだのは女の子だった。それも双子ではない、ただひとりの女の子を。もちろん残念がったのはわたしひとりかも知れない。みんなはその可愛い赤ん坊を取り囲んでのぞき込み、ちっちゃな手や足や、髪の毛をさわろうとした。
 しかし、女の子ではだめなんだ。だって、父の従妹だという母も失敗し、父の姉である伯母も失敗して、姉の計画も結局は失敗に終ったのだ。あの双子ちゃん?あの子達は、わたしの儀式がなくなって以来、はつらつとして薔薇園を飛びまわっていた。
 母も子供は作りたくなかったのだ。従妹どおしでもしも不具な子が産まれたらと心配したから。でも父はそんな人間ではなかった。おかまいなしに、母を便器のようにあつかって、母に殺された。母は心が折れて、直後に首を吊ってしまった。伯母は母の悩みを聞いてやっていたし、母が吊るされているのをまのあたりにしたこともあって、母をそそのかして弟を殺る手助けをしたが、自分の母親に受けた虐待の仕返しをわたしの姉にして、姉から抹消されてしまったし、姉にしても、弟のわたしとひっそりと暮らして、ふたりとも消えるようにこの世からいなくなれば、灰川の血を世の中にばらまかなくてすむと思っていたはずだ。でも、わたしの子を身ごもると、母性が目覚め、血筋に対する奥底の執念が燃え上がったに違いない。しかし、双子は近親児で、いつ弱ってしまうかも心配だったし、もしも生きながらえたとしても、外に出すつもりは毛頭なかった。そこで玲の存在が姉にはピンと来たのだろう。可愛い人だし、「道緒」とうまくやってくれるかもしれない、そして、近親児ではない子をもうけて、灰川家を、どこにでもある普通の家系にもどしてくれるかもしれない、そう思ったのだ。ただ、玲があまりにも可愛く美しいし、ほんとうに自分のものとして置きたくなるような女性だったので、思わず心を玲の心に嵌め込んでしまったのだ。そしてそのことが、わたしの分裂を惹き起こすなんて、思いもよらなかっただろう。
 でも今は、この女の子に期待するしかなかった。手足をばたつかせて、笑っているこの子に。

 たしかにこの子が生まれてからわたしのなかの「道緒」の占める割合が徐々に増えてきたことはいい傾向だった。わたしが拘束される日も少なくなり、庭を玲に連れられて、散歩できるまでに回復した。双子が薔薇園でわたしの脚を鬼ごっこの道具あつかいにしても、わたしはほほえんでいられた。この季節は人々を沈静化する作用でもあるのか?わたしの脳の熱は下がり、それとともに、わたしの突発性ブドウ膜炎だった眼もしだいによくなり、「父」に呪われる回数も減っていった。
         
 最初のぼくから、もう百年も経ってしまった。あまりの急上昇に、ぼくの呼吸は停止しそうになったが、あなたの人口呼吸によって、ふたたび昇りはじめ、いまでは八千フィートの幻想界を、彷徨っている。すでにあまりにも永い月日によって、ぼくの進み方はリズミカルな蠕動をしている。そしてあなたとの稀な交錯によって、ぼくの心はヒポコンドリシュ(hypochondrisch)な展開を見せた。さらに今、ぼくの脳が到達しようとしている園は、もはやことばによる世界ではなかった。ぼくのくちびるはしだいに閉じていこうとしている。あなたのくちびるの感触を残したままに。
              
 玲がこの家に暮らすようになって、数年が過ぎた。よほど居心地がよいのか、姉との相性がいいのか、自分の家に帰る気配はなかった。姉も子供を産んでからは、精神を病むことはなくなった。
 それに反して、わたしはしだいに分裂がひどくなっていった。だれかに手をつないでいてもらわないと、即壊れた。壊れる直前はいつも上機嫌になった。それがはじまると、姉と玲とふたりして、わたしをベッドに拘束した。今だから言えるのだが、拘束はわたしをさらに別の人格へ移動しやすくした。抵抗する肉体が精神を沈めることができなくなるからだ。わたしの話し方は、父のようだった。わたしにもわかった。父が母を呼ぶように、姉を呼んだ。
 「れいさ…れいさ!」とてもやさしい声だった。
 ふたりは、ずっとわたしの横に立っていた。そして、わたしがAからBへ移動していくのをじっと見つめた。
 「なに、道緒さん?」姉が…いや、玲が答えた。
 「だれだ?道緒って!」わたしは侮蔑をこめて言った。
 「…」
 「ああ、あいつか、意気地なしの!…
  泣き虫、道緒!…
  あいつがどうしたって?…」
 「元気にしているわよ…」
 「元気?だれが…
  あいつはおれが殺してやったよ…
  とんでもないやつで、かわいそうだとちっとも思わなかったさ…
  だっておれのあそこを口を入れたまま泣きやがったよ…
  れいさ、おまえは感心に泣かなかったな!
  おれが見込んだだけはある、母さんを呼んでくれ!」
 ふたりは顔を見あわせて、どちらが母役になるか、目くばせした。
 「なに、お父さん…」玲が答えた。
 「ああ、そこへぶらさがってみてくれないか」
 「…」ふたりは天井の金具を見つめた。かつては本が並んでいた壁際の天井にそれはあった。蜘蛛が巣を作っていて、その糸がシャンデリアの光に照らされて、ふわふわと揺れていた。
 「どうした、はやく服を脱げ」わたしの暗闇の視線は、ふたりには向かわずに空中を彷徨っていた。ふたりはしめしあわせたように、ベッドの下から人の形をした布袋を取り出して、ロープをその腕にくくりつけ、はしごを登り、金具にロープを通して人形を吊るした。
 「吊るしたわ、あなた…見える?」玲が言った。
 「今日はだれを吊るした?」わたしはそれを確かめたかった。
 「あの看護婦よ、あなたの股間をブラシでぶった!」
 「ああ、いいね、そいつはいい…
  いい考えだ…
  今日はもうひとり吊るそう」
 「だれを?」
 「おまえだ、れいさ、おまえだよ!」
 「わたくし?わたくしはれいですの」
 「れい?れいはわたしの妻だ!
  おまえはだれだ」
 「わたくしも奥様と同じ名の、れいですの」
 「ふん、ふざけやがって…
  おれをだまそうたって、そうはさせんぞ!」
 「じゃ、わたしが吊るされてもいいわ」
 「おまえが?おまえはだれだ?わたしの妻か?」
 「ええ、そうよ、あなたの妻よ、妻のれいよ!」
 わたしを拘束していたベルトが切れた。わたしが思いきり力を入れたからだ。少し腕が切れて、血がすじになって滲んだ。上半身が自由になったわたしは、そこにいる姉か、玲か、どちらかにつかみかかった。もうひとりがわたしの身体を押さえつけようとした。あっさりとわたしはベッドにふたたび縛りつけられた。切れたベルトはわたしの胸の上でくくられていた。まるで荷物のようにだ。前よりもきつく縛ってあった。心臓の鼓動がベルトに伝わった。
 天井ではさっきの人形が、蜘蛛の巣を被って、揺れていた。

 わたしには、それらが見えた。この部屋で起きているすべてのことが。とても冷静な自分がそこにいて、天井の隅から見下ろしているかのように鮮明に、この光景が見えた。
 なんという醜態だ。こんなやつはお話にならない、さっさと埋めてしまえばいいんだ。我が儘で、傲慢で、偏執狂の、そしておしゃべりときてる。父親の風上にも置けないやつだ。殺せ!殺せ!殺ってしまえ!父を殺せ!…

 みるみる血の海がひろがった。絨毯の色模様が消えていき、赤一色の模様になった。血の吹き出しようが見事なので、みんながそれを眺めていた。美しい噴水ショーでも見るように。姉もいた、玲もいた、あの可愛い双子ちゃんたちもいた、その後ろには、わたしの母もいた、母の肩に手を置いてほほえんでいる伯母もいた。みんないた。ただひとりいないのは、噴水ショーの主役の父だけだった…
             
 すだれからのこぼれ日が、うつぶしたぼくの腕に揺れる…顎を手の甲にのせて、あなたを見ている。あまりにも焦点が近いので、ぼやけて、あなたがふたりいる。逆光のなかのあなたは、昔の画家のモデルのようだ。アンティークなベッドの、とても白いシーツの上のカルトンの印象的な色と、あなたの衣装の色、壁の色、そして組まれた脚が、だれだったか、ある画家の絵をぼくに思い起こさせた…いつのまにか、こぼれ日はやさしくなって、あなたの顔を照らし、明るく染めた。でも、ぼくはとても暗い顔をしている。憂鬱な夏と、ぼくの言うことを聞かない心と、かってに活動を中止した身体。寝そべったぼくの身が、床に沈んでいく…なんとか起き上がって、カーテンを引いた。あなたがあまりにも輝くから…
      
 ものごとを断ち切ることは意味をなさない。少なくとも、悪辣さにおいてはそれが言える。いくら断ち切ろうとしても、滝の水を切るように、どんな意味もなさないのだ。悪は、巣から這い出る蟻に似て、次から次と湧き出て、世代に受け継がれ、それを断ち切ろうとするものを次々と殺してしまう。
 この家系がそうだった。そういう家系にわたしは生まれた。悪辣極まりない父の首に、母が包丁を突き立て、母は自らの身体を天井から吊るして命を絶ち、父の死を願った伯母さえも、姉への虐待がたたって、姉に背中を押されてバイクに跳ね飛ばされ、雨のなかを飛んでいったのだ。そして、わたしも父と同じ道をたどろうとしている。心のなかで悪が良心を凌駕し、善を支配して、服従させた。
 わたしの正しい考えなんて、脳の隅の方に干からびてあるだけで、わたしさえもその存在を忘れようとしていた。良心は、確かに幼児期の産物だが、大人になってからでも、洗脳によって植えつけることは可能だった。しかし、それ以上の遺伝の力によって支配された悪辣な精神は、ことあるごとにわたしのなかに顔を出し、わたしもその顔を覚え、慣れていき、しまいにはその顔に会いたいと思い、最後には中毒症状をともなって、思慕の念に変わってしまった。これを断ち切るには、やはり神の手が必要だった。わたしに神の手が下された。

 失明したのだ。
 ある朝、なにも見えなくなった。いつまでも夜が明けないので、となりの部屋に寝ている玲を起こした。リンを鳴らして彼女を呼んだ。
 彼女の入ってくる音がした。絹の擦れはいい音がした。
 「玲さん、明かりをつけてください」
 「…道緒さん、もう十分明るくなっていますけど…」
 ははあ、だれかがわたしの眼を塞いでいるのか?わたしの顔の上に死人のように布切れを被せているのか?…わたしはしだいにあせりだした。
 「玲さん…玲さん…」手を伸ばして彼女の手を握った。
 彼女はたぶんわたしの眼球の前に、もう一方の手を往復させて、確かめている。少しだけ暗闇の濃淡が、左右に移動していた。わたしは失明したことを悟った。
 「道緒さん…わたくしが見える?」玲はそう言って、わたしに顔を近づけた。彼女の息が感じられた…ああ、母の匂いだ…「お母さん…」わたしは母を抱きしめた。このあたたかさは、子供の頃体験した愛情のすべてだった。
 「お母さん…」わたしは頬を擦りあわせた…

 
 暗闇の世界では、意外にもいろんなものが見えることに、わたしは気づいた。脳が今まで見てきたものを、順にめくるのだ。何千枚何万枚もの記録映像を、順番どおり…わたしが頭のなかで整理しておいた順番どおりに、わたしの眼の上のほうのスクリーンに送った。そしてそれは、外部からの音や声に反応して、色彩を視覚効果へと変えた。わたしは失明したことを一時は嘆いて悲観したが、この色彩の爆発する動きに魅了された。

 あの日から、子供たちはわたしの部屋に寄りつかなくなったが、なにをしているのか、つぶさにわたしにはわかった。心の眼が姉と双子の行動を監視していた。姉と玲が出かけるたびに、わたしは家中をくまなくさがして、双子を見つけた。わたしの暗い目玉に睨まれると、ふたりは動けなくなった。わたしは双子の髪の毛をつかみ、泣き叫ぶ声を心地よく聞きながら、ときどき壁に激突して、進行方向を邪魔されるけど、そんなこともお構いなしに、双子をわたしの部屋まで連れていった。
 わたしのベッドには、その子たちのためにチョコレートが山ほど積んであった。わたしはチョコレート中毒だと言って、玲に積んでおかせたのだ。
 子供たちはお菓子を見ると、おとなしくなるものだった。お菓子は子供にとって薬物のようなもので、それを口にしないと生きてはいけないものなんだ。ふたりはくちゃくちゃとチョコを食べ、口のまわりをチョコだらけにしながら、ふたりしてときどき顔を見あわせながら、逃げ出すタイミングを狙っていた。わたしにはそれがわかった。眼を見あわすたびに、くちゃくちゃといわせる音が止まったからだ。次の瞬間、ふたりはベッドから飛びおりて、ドアの方へ走った。わたしは耳でそれを追った。ドアは開くはずもなかった。しっかりと鍵がかかっていた。双子はその鍵の位置には手がとどかないのだ。
 この部屋から逃げられないことがわかったふたりは、ドアを背にして、わたしを見つめた。やさしくほほえんでいるわたしを。
 「キャー!」ふたりが同時に叫んだ。子供の叫び声ってなんて素敵なんだ。下半身の真ん中がうずくような音なんだ。昔姉と見た「ブリキの太鼓」を思い出すんだ。ああ、素敵!もっと叫べ!わたしが一歩一歩ふたりに近づくたびに、その叫び声は高く美しくなった…

 ドアが開いた。姉と玲が帰ってきた。
 「どうしたの?ふたりとも」双子は母の腰にしがみついた。
 その母は、ほほえんでいるわたしを見て、
 「まあ、なにか楽しいお遊びでもしていたの?」と言って、双子を抱きしめた。チョコが姉の洋服にべっとりとついた。
 「たくさんお菓子を食べたのね、まあまあ、こんなになって…」
 そう言いながら自分のスカートでふたりの口をぬぐってやった。
 「さあ、あっちへいって、お買い物を見ましょうか」
 姉は双子を連れて、自分の部屋へいった。
 玲は、残っているようだった。

 「道緒ちゃん、いけないわ…」そっとしゃべるその声は、姉だった。玲といつのまにか入れかわっていた。
 姉はわたしがなにをしようとしていたのか、直感したのだ。姉こそ儀式の犠牲者だったから、これからなにが起ころうとしていたかを、この部屋の空気で読めたのだ。
 「ねえ、道緒ちゃん、わたしを抱いて…わたしを抱いてあの子たちは許してやって…」姉の懇願する顔が浮かんだ。いや、その顔は母のものだった。母が父に懇願するような眼をして、吊るされていく、そのときの顔だった。
 わたしはこう言った。
 「玲を連れて来い!」
 「だめ!玲ちゃんはだめよ!」…玲ちゃん?いつから玲ちゃんになったんだ?こいつらめ、いつもしめしあわせて、わたしを騙していたくせに。あの部屋で、わたしのアトリエでよろしくやっていたじゃないか。ときどき聞こえる押し殺した声を、わたしが聞き逃すはずがないじゃないか。ふたりはぐるだった。ふたりして、なにかをたくらんで、わたしをこんな身体にさせたんだきっと。そうだ、眼が見えなくなったのも、食事になにかの毒を混ぜて、わたしを陥れたに違いなかった。
 「いいわ、わたしを吊るせばいいのよ…ほら、やりなさいよ…ほら!」
 姉はわたしの腕をつかんで、自分の腕をつかませた。
 眼が見えないあなたになにができるの…そう姉は心で言った。
 あなたを信じてあげるから、わたしを見て、道緒ちゃん…そう姉は、言った。 
 姉のやわらかい腕が、細かく震えていた…
 突然わたしの、滝のように流れる悪の糸が、切れた。わたしはいたたまれない気持ちになった。さっきわたしのなかにいたやつはだれ?わたしはそいつを嫌悪した…父に似ているそいつを…

 …わたしは姉の胸で泣いた…姉さん、ごめんよ…ごめんよ、姉さん、ゆるして、ぼくをゆるしてください…わたしたちは、抱きあった。久しく姉をこうして抱きしめたことはなかった。玲よりも、あたたかかった。母と同じぐらいあたたかかった。
 扉のところで、人の気配がした。たぶん玲がこちらをじっと見ていたんだ。
 わたしは姉をさらに強く抱きしめた。玲の視線をより強く感じたからだ。玲がなにを感じ、なにを思っているかは、わたしにはわからない。
 わたしはただ、姉の胸のなかで、母の胸にいだかれるように、眠った。
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