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michianri

Author:michianri
せつない 想い…
つたない ことばたち…
やりきれない 心…

『詩片日記…薔薇園…片想い』

第一章『詩片日記』
surrealiste
 hypochondrie
    ~prologue
       灰川道緒

第二章『薔薇園』
     
       鵜沓 綾

第三章『片想い』

       野川美千夫  

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(c) 片想い…
design by Echizen
photo by mizutama

せつない ラヴレター つたない ことば やりきれない 日々… 


         
 
               **            
 
 眼をつむると、光がくっきりと補色となって残るように、ぼくの心にも、姉の心にも、深い傷を残した。
 ただ、心の痛みに鈍いぼくに対して、姉の心はあまりにも繊細だった。その細い心をつなぎとめるために、心は、別の心を培養して、太く見せていた。しかし、よくよく見ると、太いのではなくて、細い二本がよじれて太い一本に見えただけなんだ。より細いほうは、より太いほうを嫌って身を剥がそうとするけれど、より太い心は、より細い心を吸収しようとしてしまう。つまり「生きよう」とする細い糸よりも、「死」の方向を択ぶ太い糸が勝ってしまったのだった。「死」の影を、自分にも、他の人にも見せることで、生きていることの矛盾と、死へ辿り着けない身体のバランスをとっていた。
 
 長い病院生活で、さらに太くなった一方の心は、他人に対するとき仮面を被るように成長していった。自分の身体を解き放つには、その手段がいちばん賢明だと判断したのだ。
 医師も看護婦も、騙された。姉は家に帰るために、あらゆる良心を駆使した。医師にも従順になり、看護婦にも優しさを振りまき、ついには帰宅を許された。そして、ぼくのところへ帰ってきた。
 ほんとうに彼らは騙されたのか?いや、騙された風をしていたのかも知れないと、ぼくは思った。

 自らの身を「死」へ導くまえに、姉にはなにか、「計画」のようなものがあったのだ。こうして、姉と身体を重ねていると、そのマネキンのようにひんやりとする肌に、ぼくはなにか、底知れぬ、洗脳された人に見る重いたましいを感じた。

 それを予感させる変化が、姉に起きはじめた。ベッドから身体を起こすことができるようになったのだ。それは、稼動するベッドの力によってではなくて、姉自身の力によって、上半身を起きあがらせた。
 「道緒ちゃん」…
 姉の背中を拭きながら、姉の首の匂いを嗅いでいたぼくは、手を止めた。
 「なに?」
 「あの薔薇が咲くといいわね」
 「え?」…ぼくはその薔薇を知っていたが、知らないふりをした。
 「ロクスバージー…」
 「ああ、あれね」…伯母が、磔になった薔薇の木だ。
 あの事故以来、折れた枝から悪い菌が入り、その固いつぼみはまったく開かなくなっていた。ぼくは切り倒そうとも思ったが、姉のいちばん好きな薔薇だったので、そのままにしておいたんだ。別名を「サンショウバラ」と言って、東アジア原産の薔薇だった。とくにこの国のものは薔薇の木としては巨木で、うすい桃色の一重の花は、花茎が七、八センチにもなり、特徴ある形のつぼみには、棘が鎧のように生えていた。姉はよくそのつぼみを採ってきて、ぼくの背中に押しつけて、ぼくが痛がるのを遊びにしていた。
 「もうつぼみは見えているの?」
 「うん…また咲くといいね」
 「……」
 後ろから姉の顔をのぞくと、唇の線が異様に伸びて、歯を喰いしばっているのが見てとれた。

  
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夕方より雨が降り、今は雲の多い空に、月が青く滲んでいる。雲は劇的な形をして空一面にひろがり、うす明かりのなかで、いっせいに東へ移動している。月はブルーパールとなって、雲の花びらを飾る。花びらのふちは桃色を差し、宝石よりも美しい宝石となった…

れい様もこの月を見ているだろうか…

ぼくは横になって、窓枠のスクリーンに展開されるこの耽美な映像を見つめた。
 
        
 姉はその日から口をきかなくなった。伯母と名乗る、「あの女」との生活がはじまって、質問にもなにひとつ答えなった。伯母がなにを尋ねても、無視し、なにかを頼んでもそこを立ち去り、ついにはその存在を完全に視界から消した。苦笑う伯母を気の毒に思っていたわたしの方は、たぶん脳が麻痺していたのだろうか、このような境遇になった悲しみもあまり感じなくて、伯母との会話を楽しんだ。伯母もわたしたちを可愛がってくれた。いや、今となって知ったことだけど、姉のミミズ腫れを見て、悟ったことだけれども、わたしだけ、伯母は可愛がってくれたのだ。でも、姉はなにも言わなかったし、伯母も姉を嫌っているそぶりはまったく見せなかった。それは、わたしの前だけだったのだ。
 学校に行かなくなった姉は、わたしとは別の部屋に閉じこもり、わたしが持って行く食事を、少しだけ食べていた。伯母はわたしが帰ってくると、いつもやさしい笑みを浮かべて迎えてくれた。まるでわたしと伯母と、ふたり暮らしのような気さえした。わたしが学校へ行っている間、姉と伯母のあいだでなにがあったのか、わたしは知るよしもなかったが、なにもなかったことを、伯母はわたしに常に感じさせようとしていたのかもしれない。まるで気づかなかったわたしは、伯母を無視し続ける姉に対しても、姉をなんらかの手段で圧迫していた伯母に対しても、なにもしてあげられなかったことを謝罪する気持ちは、今は、十分に持っているけれども、母が死んで、なにかでそれを補いたかったわたしの心は、盲目になっていたのだ、きっと。
 伯母は、わたしの身の回りのことも、食事のことも気遣い、まるでわが子のようにわたしの着替えを手伝い、食べさせた。姉はいつもそこに存在しなかったが、伯母は姉のことをいつも心配している言葉をわたしに聞かせていた。
 姉の部屋は、お香の煙がもうもうとして霞み、その匂いに吐き気を催すわたしは、なかに入れなかったので、ドアのところに、伯母がお盆に載せてくれた食事を置いて去った。
 たまに伯母が外出して、わたしたちふたりになると、姉は部屋から出てきて、なにもなかったかのようにわたしの手を握って、薔薇園を散策したんだ。そのときの姉は、小さい時のように、無邪気で可愛らしく、笑いもした。ただとつぜんわたしに抱きついて、「殺すぞ!」と、小さい声でわたしの耳に唸った…そしてまた笑って、薔薇の花をちぎり、わたしに向かって、投げた…
 
 わたしはその後、別の町の高校の寄宿舎に入った。ときおり届く、意味不明の姉の手紙から察して、姉に手を焼いている伯母の顔が浮かんだけれど、ふたりのあいだで、このようなことが起こるほどの状況だったとは、とてもわたしには想像できなかったのだ。でも、今こそすべてを理解した。伯母からついにひどい仕打ちを受けた姉は、伯母を殺ったのだ。
 
 ある学期末のうっとうしい雨の日、姉から電話があった。
 「伯母さんが死んだの…」それだけだった。
 「え…どうして?」
 「……」姉はなにも言わず、電話もそのまま切らなかった。
 「ねえ、姉さん…大丈夫?」
 「……」姉のすすり泣く声が聞こえてきた。
 いや…すすり泣いている声ではなかった。すすり笑っている声…そうだ、今なら、すべてがわかる。

 中学三年のとき、姉の日記を見たことがあった。ソファーの下に落ちていたのを拾って、ぱらぱらとめくっていた。すると、白紙のページのひとつ前の、すみっこの方の落書きに眼がとまった。バイクの下敷きになっている女のイラストだった。暗号のような、なにかわからない記号がぎっしりと書き込まれたなかに、まぎれるようにしてそれはあったけれど、あきらかに他の部分よりも濃く描かれていた。姉がわたしからそれをひったくって、怖い顔をこちらに向けたまま、自分の部屋へ帰っていくのを、わたしは呆然と見送った。
 そのことがとつぜんに、電話の向こうから聞こえてくる姉のすすり笑いのなかに、思い出したんだ。

 なぜそんなにも、姉は伯母を嫌ったのか、わたしには理解できなかったけれども、たぶん、父の死と、母の死と、同時に受けとめなければならなかった心への重圧で、だれをも受け入れられなかったのだろう。母の面影を持っている伯母の存在は、とても姉には耐えられなかったのかもしれない。偽者の母は、姉のなかに存在してはいけなかったのだ。だから、常に、その存在を消すべく、無視し続け、ついには殺ってしまったのだ。

 あとで医者に聞くと、土砂降りの雨のなか、伯母は出かけようとして、薔薇園の前の道で、バイクに跳ね飛ばされて、即死だったそうだ。伯母の身体はちょうど五メートル飛ばされて、薔薇園のなかのもっとも大きい茨の木にひっかかっていて、顔は、バイクにではなくて、薔薇の棘によって引き裂かれ、目玉は切れて、水晶体が飛び出し、皮膚は剥がれかかっていたと、医者は気の毒そうに話した。

 姉が入院したのは、その事故があってほどなくしてからだった。


               **
      
 今、シャコンヌが流れはじめた。月の光がぼくの座っている椅子の足もとへ射し込む。その光を消さないために部屋の明かりを消して、香るローソクのゆらぎのなかで、あなたを想うための文字を並べる…
 しばし、月の光の射し込む形をながめていた。ぼくの素足を通りすぎて、部屋の奥へ伸びている。床に置かれたカードを照らし、ぼんやりと小物たちの姿を浮かびあがらせている…あまりにも感傷的なこの風景は、この楽器の永遠に続くと思われる美しい響きによって、ぼくの心が創りだしているのか、月の光りに似ているぼくの心が…ぼくの身体はこの光りに溶けて、もはやまとまりもなく、ローソクの炎を背に影のみとなった…

 「れい様、れい様ぼくはいつも恋をしていないと生きてゆけないのです。いつも、なにかに、人や、花や、心に…ぼくの感ずるすべての出逢いのひとこまより、あなたは選びだされた。しかし、ぼくは今まで一度として自ら告白をしたことはなかった。あなたが初めてであり、終わりとなる…この月が見ているのは、ぼくの心ばかりではあるまい。たとえ雲のなかでもあなたの心をも透かしてくれる…でも、ぼくは今までに告白なぞしたことがなかったのに、こんな気持ちはなぜ?とても異常としか思えない…薔薇の香りがする…ローソクはキャンディの入っているような丸い小さな緑色の缶。蓋にはモダンローズが描かれているけれども、どこで買ったんだろう?こんなぼくの少女趣味を笑わないで。ローソクはひとつだけなんだから。でも好みの薔薇のカードやラッピング紙には思わず手が出てしまう…
 あなたのなにがぼくを狂わせたのか…冷静になれない、冷静になろうとしないぼくの顔が、ローソクの溶けた鏡に映っている。ぼくは、ふっと息を吹きかけて、炎を消してしまった…闇…
 いつのまにか、月の光りも遠く手のとどかないところへ去った。水の流れる音、ぼんやりと黒く山影が浮かびあがってきた。涼しげな空気がぼくを包み、やりきれない気持ちが、冷えてゆく…おやすみなさい…」

      
 ある日突然、この家が他人の家になった。
 医者と見知らぬ女が、わたしたちの部屋の扉を開けた。
 廊下は制服を着た大人たちがせわしく行き来していた。そしてそれらの人々は、ドアの二人越しにわたしたちを見ては、通り過ぎた。
 「麗さん、道緒君…おはよう、今日からこの方があなたたちのお世話をしてくれますから」
 何度かわたしたちも会ったことのある、母の主治医が、説明口調で言った。
 目覚めたばかりのわたしたちには、とつぜん別の世界、別の家に投げ込まれたような感覚がした。いつも朝はひっそりとして、わたしたちふたりしかこの家にいないかのような静けさなのに、今はまるで、都会の交差点の真ん中の小部屋のように、人々がいて、その臭いがし、ざわつく音が心を波立てた。
 お世話をしてくれますから?…どういう意味だろうか…そんなことがとつぜん、あっていいはずはない…  
 「まあ、可愛い双子ちゃんね…あなたが道緒さん?…じゃあなたが麗さんね」女が歪んだ笑みを浮かべて言った。
 「麗紗です」姉がそう言って返すと、女はすこし戸惑いの顔をした。
 「そう麗紗さん…」そう言うと、医者のほうをちらと見て、また、わたしたちふたりを眺めた。明らかに、なにかをごまかすために、わざと笑みを浮かべ、早くこの部屋から立ち去りたいと思っているようだった。
 ただ、その引き攣った顔のなかにも、わたしたちの存在と、この部屋の有様が、彼女を引き付けたのか、ぐるりと部屋を見渡して、ベッドにふたたび顔を向けた。その表情のなかに、なぜ中学生の男女の双子がいっしょに寝ているのかしら…そう思っているのが読みとれた。
 この女の人はだれだろうか…どこか、母に面影が似ていた。
 わたしが姉を見ると、姉は完全に怒っていた。いつもやるように、親指を歯のあいだに挟んで、二人を睨んでいた…自分たちには不自然なことでも、別の人にとっては自然なことって、たくさんあるということをこの女は知らないのか!姉が心でそう言っているのが聞こえた。
 わたしたちはなにが起きたのか、確かめるために部屋を出ようとした。医者が立ちふさがった。
 「ふたりとも、まず着がえなさい」
 「そうね、そのほうがいいわ」
 いったいなんだと言うんだ。母は?母はどこ?
 「母はどこですか?」姉が聞いた。
 「いや、ちょっと、ここには…」
 わたしたちは眼を見合わせた。医者を突き飛ばし、女を置き去りにして、父の部屋へ走った。警察や、白衣の女や、紺の作業服姿の大人たちが父の部屋のなかに溢れていた。父の姿はなかった。ベッドもなかった。ただ、床と壁に無数の火星が散りばめられていた。いや火星ではない。あの火星は美しかった。でもこの赤い銀河のような星の列は、まるで輝かなかった。
 「キャー!」姉が叫んで、そのまま卒倒した。
 事情が呑み込めたんだ。わたしはわからなかった。まだ、壁の赤い天の川を眺めていたんだ。
 姉を白衣の女が抱き起こすと、わたしに、「あちらへ行ってなさい」と言った。
 あちらとは?もしかしたら母がいるかもしれない。
 姉の手を引いて、母の寝室へ向かった。
 入口でまたも、あの医者が立ちはだかって、手をひろげていた。
 「君たち、自分の部屋へ行ってなさい」
 こんどはとても厳しい口調に変っていた。
 わたしたちがそこを立ち去ろうとした、その時、母の寝室のドアが開いて、二人の背広の男が出てきた。
 「……」姉がふたたび倒れた。泡を噴いている。
 わたしも部屋のなかを見たんだ。二人の男のむこうに、母が…母がぶらさがっていた。一瞬だったけれども、白い夜着を着て、髪を梳かしたまま、長く垂らして、昨夜わたしたちにあの本を読んでくれた、そのままの母が、見えた。そして、その髪の匂いがした…たしかに母の髪の匂いだ。その髪をふたりして撫でながら、母の胸に抱かれていた、そのときの匂いが、した…
     
「只今、芽接ぎを終えてきました。あまりの暑さに、シャワーして、今ようやく、お抹茶で一息ついているところ…」
空を見ると、朝よりも白い雲の輪郭がはっきりとしている。でも、流れる方向は、東のかなた。美しい雲…

「芽接ぎをしたのは、ラウブリッター。昨年、ノイバラのシュートを挿し木しておいた、スタンダード用台木に。高さは1.5メートルぐらい。ウィーピングにするつもりなんですよ。それともうひとつは、"マルドロール"。こちらもノイバラの台木に…」 

「さてこれからまたあのヴァチカンクラリーセイジとにらめっこ。ではまたのちほど…」
「あ、そうそう、先ほどの曲、録音したのでそれを聞きながら、ね…」
     
なんてしずかな日曜日、風が草々を、木々を揺らして、北へ渡って行く…
空を見あげると、雲が速く流れて行く、あなたの方へ…今日もあなたは雨のなか?…

弦の息をするような、すれ音、はりつめた空気、ため息のような間…

「なんだか下の階で、大きな音がしたので、おりてみます」

「…玄関に置いていた、レリア・ロバータ・ジェニーが、風に落っこちた音でした」

素焼きの鉢に植えてあるそれは、やさしいうすピンクの花、すこし桜の葉の香り…
「花も折れず、鉢も割れずに、落っこちていたよ」
「すっきりした細い花被のレリアの仲間は、大好きです…いつか写真をお見せしましょう」
        
あまりにも、いくどもおなじ頁を開くものだから、六十七頁はもう取れてしまいそう。
あまりにも、あなたの写真に手が触れるから、あなたの顔は、傷だらけ。
可哀相な…あなた。
   

暮れはじめた夏の夕空、灰色の雲も、山の影にはらわれて、ヒグラシの初鳴きが聞こえる。
 
なんだかとてもしずかな夕暮れ。
 
今はもう、ぼくを外界とへだてていたとばりも開き、窓も開けはなち、あなたの住まう方向へ移動していく雲をながめていた。
 
うっすらと青めいた空がくれていく…
 
あなたは、雨のなか?…



                七月八日 10:45
アリアが流れるなか、ふと西側の窓辺に立つと、月が滲んで、ぼくの眼に映った。なにか不思議な光を見るような気がする。忘れかけていたそれをふと想い出したような…

遠く、風の過ぎ去る音…

雲の、光…
         
 あなたからの手紙を何度手にとって読みかえしたことか、諳んじるほどに。あなたがどのような人であるかまるで知らないぼくは、あなたの文字のなかにあなたがどのような人であるかをすべて読みとろうとした。みずすましのようにぐるぐるまわるぼくの言葉は、もう次のみずたまりに移る力はない。水面に描く螺旋の輪もしだいにゆるく伸び、S字を描いて泥のなかに没した。以来、ぼくの心は、シクラメンの果柄のばねの強さで言葉を飛ばそうとしたが、かたいアスファルトのうえで干からびてしまった。蟻たちがぼくのなまがわきの目玉を運んでいく。ぼくはその眼で、しだいに遠ざかる己の身体を、見た。