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michianri

Author:michianri
せつない 想い…
つたない ことばたち…
やりきれない 心…

『詩片日記…薔薇園…片想い』

第一章『詩片日記』
surrealiste
 hypochondrie
    ~prologue
       灰川道緒

第二章『薔薇園』
     
       鵜沓 綾

第三章『片想い』

       野川美千夫  

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(c) 片想い…
design by Echizen
photo by mizutama

せつない ラヴレター つたない ことば やりきれない 日々… 


          
 今日、何ヶ月ぶりか、部屋のカーテンを開けた。あなたへの想いで息がつまりそうだったから。窓の外の美しい緑を見ようとした。だけどぼくには、曇り空でも外界の光は強すぎてまぶしい。水の流れる音…甘いお香の匂い…
 きのうカーテンの隙間からふと下を見ると、綺麗にならされた真砂の上に、翅をひろげて揚羽蝶がとまっていた。黒く大きな翅のなかに、エメラルドを散りばめて、巨大な天空の飛行体が羽を休ませているようだった。ぼくはもっと近くで見ようと、二階から急いで降り、カメラを持って外に飛び出した。彼女はふわっと舞い上がって、ぼくのまわりをゆるやかに回る。ふたたび地面に降りたった。ぼくはカメラをかまえた。しかしまた飛び上がっては接地をくりかえす。そして、遠くへ、近くへ、揺らめいて、ぼくにその美しい斑紋をしかと見せてはくれない。ときおり、まとわりつくようにぼくをめぐっては離れていく。そのうち家の角を曲がって、消えてしまった、完全に…まるで幻だったように思える。
 
 この春ぼくは、オランダ製の「ホワイトガーデン」という種子を蒔いた。何十種類もの白い花が咲いた。名前のわからないものがたくさんあった。初めて見る花、図鑑のなかで見た花、たぶんこれはあの仲間であろう、これは?これは白い忘れな草に似ている、あれは?あれはね、Papaver laciniatum。粉緑色のフリルの、波立つ葉。なんだか爬虫類を思わせる。ほとんど無毛の身体を伸ばして、その先にグリーンの卵のような、はちきれそうな蕾を下げている。今日はすでに割れて、白い、とても白い切れ切れの無数の花弁がはみだしかけている。ある画家の描くそのままの姿で、妖艶で、なまめかしく、これほどまでに美しい植物はありえないと思わせるほどに美しい…

 郵便が配達される時間まで、ぼくは耐えられるだろうか。昨日、あなたからの手紙はなかった。今日は?今日はどうだろう?…ふたたびぼくは、カーテンを閉じてしまった。

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 …死んだような日曜日、あなたの写真を眼で嘗めて過ごす。ときどき指先が触れようとするけれど、それ以上、腕を伸ばせない。
 …ぼくはあなたのなにかが欲しいというのか。
 …あなたの言葉の終わり方がぼくを狂わせた。ぼくがぼく自身に罪を感ずるように、あなたはあなたの書く文字のなかに、あなた自身を入れてはいけなかった…

 (これからはあなたの手紙の言葉は、すべて日記帳のなかへ閉じこめることにする。なぜなら、あなたに開かれると、あなたを不安にさせるから。ここでぼくの言葉遊戯も、おしまい。数年ぶりに踏み込んではならない世界へぼくはぼく自身を送り込んでしまったから。あのブルーの封筒に、予感させるものがあった。かけらを踏んで、血を流してしまいそうだから…出口の見えるまで、お別れ…さようなら…)

 (出口が開くことはあるの?)
 出口があったとしても、ぼくはそれと認識しないだろう、今は。網膜に映ったとしてもそれを出口として認めたくないと脳は判断するだろう。しかし、だれかが、ふと、開けてしまったとしたら?…それはただ唯一の方法…あなたの目玉をおくれ。そうすればぼくの眼と交換してみせる。そうすれば、出口を出口として認識できるはず。(言葉の沼へ落ち込んだぼくを救わないでください)この沼のなかでは、ぼくの血は甘く濡れ、身体は萎えて唇の端が上方に引き攣るだろう。手をひろげて少し動かすだけで、どろどろの詩水が指に絡まる。ぼくの身体は、眼球表面と水面が接する以外はすべて沼のなか。目玉を左右に振るたびにあなたのうなだれた顔が沼底から浮き上がっては水面ではじける。ぼくは手を伸ばしてそれをつかもうとするけれど、あなたはただしずかに微笑んで、ぼくの指のまをすりぬけていく…ああ、なんて美しいぼくたちなんだ?あなたの身体のなかにいたぼくは、あなたのような顔をしていた。ぼくの身体の部位がそれぞれあなたの身体の部位とおなじ形をして、眼面と水面が重なって、泪してもわからないほどに波立ってこすれあっている。
         
 チェーホフの下で、わたしははじめて自らがあの儀式を体験したんだ。いつも姉の様子を観察していたはずのわたしの頭は、口に押し込まれた父のペニスに支配されて、硬化していった。
 喉に生き物のようにもぐりこんでくるものは、あたためすぎたミルクを呑むときよりも、さらに熱く、苦しかった。舌の上をすべるそれは蛇としか思えなかった。鼻に入ってくる陰毛が私を窒息させた。私も白い泡を噴いた。姉よりももっと濃いどろどろの乳色の泡を。
 父はわたしのお尻をぶたなかった。なぜ「かもめ」で叩かないのか、姉と同じように泡を噴いたのに。それもいやな臭いのする液体とともに…

 …母と姉が帰ってきた。
 わたしは玄関に駆けていった。母の腰にしがみついた。姉は、わたしを哀れんだ眼で見ていた。即、気づいたのだ。あの儀式のことを。
 「どうしたの、道緒」母のやさしい手が頭を撫でた。
 姉も母の腰に抱きついた。
 「どうしたの、ふたりとも」そう言いながら、廊下のナーシングチェアに腰掛けて、乳児のようにわたしたちを母は抱いた。
 …わたしたちは、眼を合わせた。なにも言わない、なにも言えないことを確かめるために。
         
 ある日、父がわたしの名を呼んだ。その日は母と姉はいっしょに出かけていて、わたしは部屋の隅で、ひとり、母が昔読んでくれた絵本をながめていた。伝書鳩のお話しで、そのなかの英国の庭の絵が好きで、いくどもその部分を見せてとせがむので、そのページだけ下の方がすれて、印刷がうすくなっていた。緑で覆われた庭に、ジギタリスや、オニゲシや、セイヨウハナウドが咲いて、可愛い鳩小屋をとりかこんでいた…
 「道緒!」父の声がする。
 わたしはそっと裏口を抜けて、薔薇の茂みに隠れた。もう蕾がいくつも膨らんで、いまにも咲きそうな花もあった。薔薇の茂みの底は、薔薇の花首の香油の香りが漂っていた。
 わたしは、剪定された薔薇の枝を手に取った。蜂が茎に卵を産みつけて、しおれてしまった枝を切り落としたものだった。新しい葉と蕾をつけた先っちょは、だらしなく垂れさがり、まるで生気を失ってしまっていた。
 「道緒!」
 父の手がわたしの腕をつかんだ。わたしは思わず、薔薇の枝を手のひらで握った。痛みはなかった。ただ、父に引きずられながら手のひらを見ると、赤い小さな星がいくつか、だんだんと大きくなっていくのが見えた。
         
 「なぜ我慢しないんだ!」
 父は姉のお尻を露出させると、本棚から取り出した、チェーホフの「かもめ」でぶった。本というものは、いい音がするんだなと、わたしはそのとき思った。姉は口から泡を噴きながら、泣き叫んでいた。
 あまりにも通例となると、わたしにとってこのことが、排便と同じように、厭わない通常の行為となってしまっていた。姉もこの儀式が終ると、いつものようにわたしと薔薇園を駆け回って遊んだ。あまりにも、日常的な儀式は、なんらの感情の動きの必要性もなかったのだ。少なくともわたしにとっては…いつもの可愛い笑顔に戻った姉にとっても、日常的なちょっとした、体罰ぐらいにしか思っていなかったはずだ。あまりにも、普通にしている姉は、わたしにも普通にすることを、強いていたのかもしれない…
            
 …母は出かけていた。数日前に小学校の入学式を終えて、おそろいの制服を着て、自分たちの部屋のベッドに並んで、腹ばいになって本を読んでいた、わたしたちを。
 だんだんと父の声が近づいてくる。
 「麗紗!道緒!…おいで」
 はじめのやさしい声が、しだいに叱りつけるような声に変わっていくのが、わたしたちを動けない人形にさせた。
 部屋のドアが開いて、父が入ってきた。
 「ふたりとも、わたしの部屋に来なさい」…父のその眼のなかに、ふたりの姿の映っているのが見えた。
 わたしたちは、ねじを巻かれた人形のように、父のあとを歩いて、部屋に入った。
 父はなぜだかわからないけれど、チェーホフを好み、東側の壁一面の本棚に、出版社を変えた同じ題名の本が隙間なくきっちりと並んでいて、ドアのところから見ると、まるで壁紙のようにそれらは見えた。
 父は、そのチェーホフの前の椅子に深々と座りながら言った。
 「麗紗、こっちへおいで」
 父はおもむろにベルトを外すと、ズボンを下ろして、姉の口のなかにペニスを刺し入れた。少しずつ深く刺していくと、姉は喉をふさがれて、むせてしまうけれども、父が髪の毛を掴んで姉の頭ののけぞるのを押さえていたので、ついには姉は息ができなくなり、白目を剥いて、泡のような胃液を吐いた…
          
 今日はマルメゾンをスケッチ。もう散りはじめた花弁も含めて、机の上にそっと寝かせて…
夜になって、どうも右側のほっぺが引き攣るようにぴくぴくしてしようがない。なんだか、自滅の道をたどっているような気がして。いや、すでに自滅してしまった。自分の内側と思われる部位の、崩落していくのが見える…

…ああ、花びらが散っていく…
とてもしずかな雨の夜に、ソルヴェーグの歌が流れて…


    *マルメゾン/Souvenir de la Malmaizon(Bourbon1843)

          *
少しずつ 父の日記を整理しつつ この数年後の日々を 書き綴ってみます


…あれからどれほどのときが過ぎたのだろう。ぼくの永い片想いの旅は、続いていたんだ。
…すべては、夏に始まり、夏に、終るのか…
                                                        
         
 …腿のミミズ腫れをやさしく撫でていると、包帯を巻いた姉の腕が伸びて、ぼくの頭に手を置き、そのままゆっくりと股のあいだに引き寄せた。姉の美しいすべすべの下腹部に、ぼくは吸い寄せられていった。いつも薔薇水でぬぐうので、薔薇の香りが染み込んでいい匂いがした。鼻の先で裂け目の上を往復した。ほんとうに綺麗だった…
 姉とぼくは、同体だった。同じ身体になった。いや、同じ身体に戻ったんだ。このときぼくたちは、鏡に横たわる同一の人間の映像に見えたはずだ。
 この日を境に、姉はしだいに、精神の色合いが明るくなっていった。ぼくの心と、姉の心が融け合って、同じ体液に帰っていったように思えた。

                **

 …父が呼んでいる。わたしたちふたりを…
           
…少し肉の削げ落ちたお尻に、形を変えて、様々な長さのミミズ腫れがあったことだ。そのひとつをぼくがなんとなく撫でていると、「あの女よ!」と姉が言った。
 「え?」
 「あの女!」
 「…伯母が?」姉はいつも、伯母のことを「あの女」と呼んでいた。当時は、姉がなぜそんな言い方をするのかぼくにはわからなかった。伯母はいい人だった。少なくとも、ぼくにはいい人だった…
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