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michianri

Author:michianri
せつない 想い…
つたない ことばたち…
やりきれない 心…

『詩片日記…薔薇園…片想い』

第一章『詩片日記』
surrealiste
 hypochondrie
    ~prologue
       灰川道緒

第二章『薔薇園』
     
       鵜沓 綾

第三章『片想い』

       野川美千夫  

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(c) 片想い…
design by Echizen
photo by mizutama

せつない ラヴレター つたない ことば やりきれない 日々… 


           
なぜだろう、なぜだろう、いくら考えてみたって、なにも思いつかない、でも、すべて思いつく。あらゆることを考えて、ぼくの心は不安でいっぱいなんだ。
 もうすこし、もうすこし待ってみよう。ああ、でも、泪が溢れる。考えまいとするけれど、頭から離れるわけもなく、すべてがあなた色の不安に染まっている。
 あなたのやさしいことばをさがす。でも、なにも見えずに、ただぼんやりと、泪する。
 ぼくのなにもない、つまらない日々、あらゆる人がぼくから離れようとしている。なぜだか、しだいにだれもが、ふりむかなくなっていくんだ。
 あまりにも、さびしいから、あなたのアルバムを、胸に抱きしめた……
     
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     (九月十四日 午前)   
「とてもしずかな、朝の部屋。しずけさってとても美しいものですね。そのなかに身を置いているぼくの心も空気に溶けて、透き通っていくようです。」窓の外は曇っていて、微風が竹の葉を揺らし、蝶の羽の形の、葛の葉を渡って、その花のあまずっぱい香りをぼくに伝える。ぼくは深く息をした…「ぼくの心が、このままおだやかでありますように…」

 なんて青い空!朝の涼しげな風のなかで、夏の名残の蝉たちの声が、窓を閉めきってあの人からの最後のお香のひと茎を燃しているぼくの耳に、無数に、かすかに聞こえてくる。しずかな匂いと、ものしずかな横顔と、野薔薇の実のお茶の味が、ぼくの深いため息を救ってくれた。
 かつて、これほどまでの印象的な苦しみを味わったことはなかった。このあまく、せつない苦しみほどに、ぼくの心をとらえて離さないものはない。ぼくの心の露が、あの人の胸にそそがれてゆくように思いたいけれども、そのかわし方がとてもあざやかで、ぼくはただ呆然ととほうにくれるばかり。しかし、この花の開花を待たずに、ぼくがこの場を離れたとしたら、その美しい花は、だれがつみとるのだろうか。思いもしない出会いが蕾を持ったのに、その花の形も色も見ずして、去っていかなければならないとしたら……
 あの人の住む方向から風が、強く、流れてくる。空には、雲はひとかけらもなく、ただ、昨夜のルビー色の月が色ざめて、西の空で首をうなだれていた…
 …こんなにもしずかな朝は、ぼくの吐息ばかりが聞こえてくる。まるで立体感のない空は、山のむこうに青い紙を貼りつけて、ぼくが見つめても、何の答えも返ってこない…あの人からの風を受けて、ぼくが走るとするならば、あの月を追って、白く輝く星となるだろうか。あの人からの匂いやかなことばを受けて、ぼくが泪するならば、あの空のむこうに溶けて、消えてしまいたい……

 ふと夜空を見上げた。美しい銀色の月と、輝く星たち。強風でよごれをはらわれた透き通る漆黒の天空に、ぼくの想いはひろがってゆく。走る雲は月のまえでは銀箔のレースとなり、月はプラチナの横顔をそのレースで覆ってしのび微笑む…鮮明なオリオン座は月にむかい、西の空に飛び去る白鳥のデネブをカシオペアが追う…流れる星は、またたきのまに消え、ぼくのねがいすらとどかないけれども、あの人への想いが夜空を駆けるなら、この月の輝きに乗せて、とどけたい。風にむかうぼくの心は今、この美しい光り輝く夜の闇のなかで、青く飛翔する輪郭を持った……

 なぜ?なぜこんなにも悲しくなるんだろう?なにが悲しいのか?ぼくにもわからない、ただ、なんだか限界が近づいているような、崖のふちに立っているような…泪が、とまらない、なぜ、あなたと出会ってしまったのだろう…目がしらをおさえても、とまらない泪…なぜあなたと、こんなにも離れているのだろう……

(…夜、あなたが厖大なカタログに埋もれているまに、ぼくはあなたへの想いの山に埋もれて窒息していたんだ…あなたが、ふとそれらから顔をあげたとき、ぼくのほうを一瞬見たけれども、あなたの眼のなかに、ぼくは残っていなかった…あなたがふたたび、それらのなかに顔をうずめると、ぼくはふたたび、窒息をつづけた……)

 沈黙のなかで、しずかに、ぼくが忘れようとしているのは、この先の幻想と、過去のまぼろし…ぼくに必要なものは、あなたと対面しているこの時ばかり、いくら時が流れても、あなたを見つめつづけるぼくは、ひとつとして思い出しもしないし、幻想もいだかない…あなたの美しい横顔は、外の強い風さえも、音のしないゆるやかな動きに見せる、あなたのやさしい横顔は、ぼくのしずかなもの思いさえも、忘れさせてしまう…今、この時のなかにいて、もしも、あなたがくちびるを開いたなら、ぼくは、ぼくはすべてのぼくを開かせる……
        (九月十一日 夜)
 いまのぼくと、過去のぼくと、そしてこれからのぼくと、どこがちがうというのか?まるでぼくは一本のつる草のように同じなんだからね。それぞれのパーツに変化はあっても、根っこから吸いあげるあまい水は、ぼくの花を通りすぎて、つるの指先をあなたの心に巻きつかせる。
 とまどいのぼくと、せつなさのぼくと、そしてかがやきのぼくと、いったいどこでつながっているというのか?まるでぼくはばらばらの胞子のように飛び散ったんだ。でも、ひとつひとつの心は他人どうしの顔で別れていくけれども、ふたたびひとすじの流れに寄せられて、河となり、いくすじもの波をあなたの海の心へ溶け込ませた。
      (九月六日 夜)
 蛹が割れて、蝶が生れてきた…その瞬間をぼくは眼にすることができた。このとてもすばやい変身は、なぜか今のぼくの心に、非常な驚きと、辛さをあたえた…とてもするりと殻のなかから抜け出て、しおれた美しい羽をぶらさげて、自らの抜け殻にとりすがった。みるみる羽は伸び、生気が溢れた。美しい眼だ。口のうずまきを伸ばしている。複雑な斑紋はぼくを眩惑した。ぼくのすぐ眼のまえで、彼女はしずかに時を待っている。ときおり、おしりからバーミリオンの液を出して、幼虫の過去のあざやかさを捨てているようだ。これからの彼女にとって、風がやさしくあってほしいと、ぼくは願った。
        (九月四日 夜)
 月の光のさしこむ部屋のひと隅に、あなたを載せたアルバムをひろげた。あなたの顔がうかびあがってくると、ぼくはしずかに接吻した。顔をしだいに遠ざけると、月の姿があなたの写真に反射して、プラチナになった。ぼくの泪で、その輝きはにぶく、アメジストに変ってゆく…。
 これらの夜のひとときは、ぼくにとって、胸の痛みと、心のさびしさと、すべての思いの傷を癒すことのない、暗く甘く永い煩悶のとき。ふたたび月は青い薔薇となり、灰薔薇の列のなかにうかびあがった。
      (八月二十一日 夜)    
 ひとつひとつのことばが、どんな解答もぼくにあたえないように、ぼくのひとつひとつのため息はなにもぼくに、もたらさない。でも、あの人のひとつひとつのことばが、どのようなよろこびもぼくにあたえてくれるように、ぼくのひとつひとつの心の動きは、ぼくに、とても美しい幻影の波を見せてくれた。しずかに流れる時は、ぼくのひとつひとつの文字とともに進み、あの人の、ゆるやかにほほえみかけるくちびるのくぼみへ吸い込まれてゆく。
     (八月二十日 午前4:55)
 ふと目覚めると、すこし外が明るいように思えたので、ぼくはそっとうら庭へ出てみた。すると、東の山の稜線がわずかにうすもも色に染まっている。そして、消えかかったオリオン座のうえに、とても美しい月があった。もうすでにほっそりとしてはいたけれども、早朝の不動の空気のなかで、いくつかの恒星を従えて、鮮明に輝いていた。
 その夕…蓮の葉に顔をうずめていた…ほんのりと香りがする。なんて美しい緑色なんだろう。この年もまた、花は見られないのか。ぼくはもうずっと、その極八重の白い花を待っていた。すでに幾年も、かぐわしいこの花に出会っていなかった。
 そして夜、ぼくはじっとしている。とてもしずかな夜を聞くために。うすくらがりのなかで、ぼくは、まどろみもせず、押し黙っている。とても、しずかな夜を嗅ぐために。午後の雷雨に空気が冷えて、ぼくの両腕を冷たくした。思うことはあなたのこと。頭をめぐることばは、あなたの名まえばかり。狂ったぼくの時計をまきもどしてはならないのだ……赤い野薔薇の実のお茶が、口のなかに、ひろがっていった……
     (八月十八日 夜)
 昨夜、もう十二時を過ぎていただろうか。東の空をふと見ると、まるで、泣き腫らした眼のような月が滲んでいた。ぼくはわかっている…あなたのことを、忘れていたわけではなかったけれども、ぼくの心の大部分を占めているある人への想いが強すぎて、その苦しさにぼくの心も翳りがちな日々を送っていたんだ。だから、瑠璃色の朝顔も、ぼくが窓からながめるときにはもう、筒を閉じて黙っていた。あなたが白く色ざめて、西の空に傾くころには、すでにぼくはすべての窓を閉めきって、ある人を想うための香りを充満させて、爬虫類のような葉脈の隙を塗りつぶしていたんだ。だからごめんね、お月様。むかしぼくがあなたのことを、あなたの、海のような光の底を、詩っていたことが思い出されて…このぼくを、ゆるしてください……。




          (八月十日 午前 雷雨) 
 雨に濡れた美しい木々を見ていると、ある日の記憶がよみがえってくる。過ぎ去った雷雨のあとの強烈なしずけさのなかで、その想い出にまつわる風の動きが、青い竹の葉の揺れに想起されてくる。遠くの木々の、音のしない揺れに、風の渡る想い出が次々と流れていく。ときどきの無風の、絵のように貼りついた風景は、ぼくの眼の底に映り込んだ。…ひよどりの声が、かすかに聞こえる…。



☆『エピソード』は『Epitaph/墓碑銘』(別掲載)へ採用した、灰川道緒の日記です。
                       りょう記す

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