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michianri

Author:michianri
せつない 想い…
つたない ことばたち…
やりきれない 心…

『詩片日記…薔薇園…片想い』

第一章『詩片日記』
surrealiste
 hypochondrie
    ~prologue
       灰川道緒

第二章『薔薇園』
     
       鵜沓 綾

第三章『片想い』

       野川美千夫  

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(c) 片想い…
design by Echizen
photo by mizutama

せつない ラヴレター つたない ことば やりきれない 日々… 


 
月が消えてしまった夜 ぼくの心も消えてしまいたい
あなたに出会った日 ぼくの心は泣きだした
このかぎりないやさしいほほえみと しずかな横顔に
ブルーな気持ちとアプリコットな気持ちがまじりあい
ぼくの泪は複雑な螺旋を描いて頬をつたう

明かりを消してしまった日 ぼくの心も消してしまいたい
あなたに出逢った夜 とばりのむこうのうす明かりがさびしい
このかがやく薔薇と 美しいほほえみがぼくをくもらせる
泪色の気持ちとあこがれ色の気持ちがまじりあい
ぼくの心はせつない曲線を描いて墜落した
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 ティーカップにトマトジュースを満たして、月を映してみた…ぼくのどんよりした心を伝えるように、動かず、モノクロの月を滲ませた…
 なぜ?…あなたのことがこんなにも好きなのか…あなたのことが頭から離れない、ぼくは…傷ついたレコードのようにいくどもあなたの名をくりかえす。
 (生きてゆくなかでのさまざまの出会いのシーンの、もっとも不思議で、魅惑にみちた、劇的な出逢い…)
 あなたは、ぼくの生きてゆくなかでのもっとも遠い人だけれども、もっともぼく自身に近い人…(あなたはぼくのなかに住み込んでしまったから…)ぼくはあなたの声を聞く日を待っているんだ。
 (この苦しい想いのなかのさまざまの光は、とても不思議な色をして、奇妙に点滅しながら、ぼくの身悶えを甘くつつむ…)
 (あなたが、あまりにも強くぼくのなかに侵入したので、ぼくは窓を開けるまもなく、暗闇に震えながら、あなたを見ようとした…)
 この情景のなかでは、あなたはすでにディレクターなんだ。ぼくは引きずられて、ぼろぼろになる日を待っている…
 (最後の薔薇…)
 なぜ?…あなたのことがこんなにも忘れられないなんて、ぼくは。なぜだろう?…ひとときもぼくは、あなたを離せない…この夜の虫たちのように、いくどもあなたの名をくりかえすから。
 (この月日のなかで、輝くぼくと、くすんだぼくと、さまざまなシーンがくりかえされて、不思議のあなたを、魅惑にみちたあなたを、ぼくの心の紙片に焼きつけた。)
 ぼくは、あなたに出逢う日を、待っている…

月の光のような横顔…
彼女のくちびるに問いかけてみた…
しずかな光は誰のもの?…
彼女の眉をなぞってみた…
しずかなまなざしは、なぜ?
…やさしいぼくの指は、空を切って暗闇へ消えた…
やさしいくちびるの笑みに問いかけた…
月の雫とぼくの泪はおなじもの?
彼女の耳にそっとささやいた…
月の光とぼくの、この悲しみは、なぜ?…
…やさしく閉じたぼくの眼は、あなたを見ることをやめたけれども、瞼の裏のあなたの姿を見始めた…
月の光のような、横顔…
彼女のくちびるにぼくは、いくども問いかけた…
………
 
 ミントの花が泡のように咲いている。ぼくがそばを通るとき、触れると香りして、ぼくを夢の島へ誘う…
 ガーデンピンク‘ローズ・ドゥ・メ’が一輪咲いている。春よりももも色を濃く、ぼくが鼻を寄せると、かすかなクローブの香りして、ぼくをある人の幻影の島へいざなう…
 茉莉花の残り花が、ひとつ、落ちた。ぼくはひろって鼻のそばへ近づけた。残り香が閉じた眼のなかにひろがって、ぼくをまぼろしの青い島へ連れ去った…
 美しい花々は、次々と、ぼくをめぐってあの人の微笑みのもとへひざまずかせる。ぼくがそれを望んでいるのをまるで知っていたかのように…
 仙人草の蕾が無数に準備されている。まるでぼくを夏の雲の高みへ押しあげるために…
 しずかに揺れる真夏の薔薇の蕾は、ぼくを、まるでなまあたたかな葡萄のゼリーのなかへ閉じこめるためのもの…
 夕暮れの藤色のむくげは青く、すがれた花のなかに、ぼくは、あの人への想いを含ませて、胸にしまった…
 そうして、ぼくを待つ花々は、次々と季節をめぐって、あの人のやわらかな陰影のもとへ、ぼくを溶け込ませる。ぼくがそれを夢みていたことを、まるで知り抜いているかのように…
     
 ぼくが沼のなかでもがいたからって、あの人にはまるで関係ないことのように日々が過ぎてゆくだろう。ぼくがいくら沼のなかで陶酔したように眠っていても、あの人には、まるで、別の星の出来事に思えるだろう。ぼくのくだらないおしゃべりは、街の騒音と同じように、あの人の耳を通過してゆくだろうか。ぼくのまるで空虚なことばは、星のつぶやきのように、あの人の心には、とどかないのだろうか…  
              
あなたの声のなかに、とりとめのないぼくの声を混ぜて…
          
あなたはぼくに、インスピレーションのすべてをあたえてくれた…

樹幹のもっとも美しい部分を、克明に、画面のなかにドラマティックに、葉や生殖器や果実や虫を見せる、ような…
例えば、葉にうずもれてきわめて美しく腐った薔薇の姿や、長雨の仕打ちにボールになったブルボンローズや、雨にうたれて深く枝垂れた花の房や、散りゆく花弁…
例えば、人々のそれぞれの哀しみや喜びや、苦しみやせつなさの流れを描くような…

あなたはぼくの天使かもしれない…
あなたはぼくのすべてかもしれない…

 
     八月十二日 夜 10:55 (あなたからの手紙を読みかえして)
 ぼくは、こんなにも素敵で、美しい、可愛い手紙を見たことがない。ぼくはあなたのことばに狂ってしまった。さらにあなたのことばの模様、あなたのことばの綾が、ぼくを最高に狂わせて、もつれさせた。
 あなたは、ぼくがとても大袈裟だと思うでしょう。たしかにぼくの頭のなかには幻想の綿が詰まっているかもしれないけれど、その綿が吸収するあなたのことばのニュアンスに含まれる心がぼくのエナジーとなっているのだ。
 ぼくは、こんなにも、やさしく、美しい手紙を見たことがなかった。
             
 なにも考えないですむなら、なにも思わないですむのなら、なにも感ずることのないぼくでいられるなら… …こんなにも激しく苦しむことはなにもない。ぼくのなかで生きつづけるある人の幻影に、こんなにもぼくの魂が揺れるなんて… …すべてのことばがなくなれば、すべての文字がなくなれば、ぼくの心のすべてがなくなれば… …こんなにも哀しく泪することはなにもないのだ。ぼくの心を支配しつづけるあの人の香りに、こんなにも、こんなにもぼくのすべてが侵されるなんて… …あらゆるやさしいことばや、あらゆる花が消えてなくなれば、ぼくは平然と、ぼくでいられたのか?…
       
 Graham Thomas(Austin/1983) × Rosa paniculigera(ミヤコイバラ)の交配種、シュートを伸ばす。葉は、Graham Thomasをスマートにした艶なしの美しい葉。来年もしも可愛い金色の花が咲いたら、「fynon/フィノン」と名づける。一重だったら「フィノンの坊や」とする。ミヤコイバラの、テリハノイバラ系の香りに、ティの香りが混合されて、きっと素敵な香りになるはず。

 「れい様は、Aschermittwoch(アッシェルミットヴォホ・Ash Wednesday/灰の水曜日)という薔薇をご存知でしょうか?ぼくは昨年植えてこの春、花を見ることはできなかったけれど、来年はとてもわくわくしているのです。だってその名前と、そして誕生日…」
 
 Alchymist(アルヒミスト/錬金術師/1956)とともに、Kordesの薔薇には興味を惹かれる。「灰の水曜日」は、葉の表面にも産毛があって、とてもやさしい感じがする。花は、灰白色に少しライラックの色合いが、と書いてあるけれど…
         
 オレンジ色に無数に垂れさがったすがれ花、きのうのうす黄の夢は消えていった…
 今日は、ジャック・カルティエが二輪咲いた。真夏でもよい香りがする。アップルグリーンの美しい葉、首の下にすらっと伸びて、可愛い花をのせている。その花も、あなたに見えてしまう…
 茉莉花の花も毎夜咲いては散ってゆく。ときどき香りが、少し涼やいだ夏の夜風に乗って窓から香る…
 セレステやシャルル・ドゥ・ミルは、あなたの言われるとおりの印象的な葉で、ますます美しい灌木となってゆく。C・F・マイヤーの四メートルのシュートの先にぼくはちっちゃな蕾を発見した。あんなに上空で花を開くつもりなのかしら…手のとどかないある人への想いがふたたび思い出されてくる… …れい様はお元気だろうか。明日手紙が来ることを願って、日記を閉じた。
         
 オオマツヨイグサを花瓶に入れた。夕方、陽が落ちて採りにいったんだ。そのときはすべて蕾だったのに、今はもう開花を始めた。萼がそりかえり、花弁の開く姿が目のまえに展開される。うす黄の四枚の花弁が、あるときはすばやく、そしてゆるやかにほころびる。すでに花粉は蜘蛛の糸のように絡まり、夜の虫たちを待っている。レモン色のカップはほのかな香りがする。今またぼくの目のまえの蕾が割れた。すこし螺旋に回転して花びらがほどける。中心には四つに分かれた雌蕊の先がのぞく。ゆっくりと、そしてすばやく萼片がそりかえり、花弁が開いてぼくに花のなかを見せた。月の光の精のような花…もうすでに満開となった…ぼくにとって今は、どのような花を見てもあなたを連想せずにはいられない…ぼくは、オオマツヨイグサということばの響きがとても好きだ。まるであなたの名を口にするように…ぼくにとって今は、どのように心が移ろっても、あなたの姿が、あなたの名が、あなたのことばが、ぼくを支配している。
       
 ふたたび月がぼくの窓をめぐりはじめた。今のぼくには、この月はとても無表情なものに見えてしまう。そんなにも、ぼくの心はすさんでしまっていた。その理由は書かないでおこう。
 (しかし、あなたがあまりにも可愛い。)
 今日も、可愛いナポレオンを描いていた。水彩紙のMOは色鉛筆にはとても描きづらいんだ。毛羽立つ紙面は三度重ねると破れてしまう。でも、この紙もたまには使ってみたくなる。なぜ?ぼかしが完璧の状態になるんだ。繊維と繊維が色の粉を混ぜて絡みあう、そのときがとても気持ちいい。だから慎重に、とても細心の注意で、点描的に塗りこめていく。ナポレオンの一枚の葉には、五つの色を重ねています。まず、Sap Green、そしてJuniper Green、次にCedar Green、そしてApple Green、最後のぼかしはWhite、紙によってはCold grey1を使います。一色Sea Greenを部分的に入れるのですが今回は省略。
 …花は、九色使っています。ピンクから影の部分のヴァイオレットまで。最後のぼかしの白を入れると十色です。紙を横にしてみるとまあ、森のように毛羽立っているよ。
        
 今、可愛いナポレオンを描いています…でも、恋の深みにはまったぼくを見てください。このまったく出口のない部屋に入り込んだぼくは、もう窒息しそうになっている。もはや、幻想のくちびるにぼくのくちびるを重ねて、息を吹き入れてもらうしかないのか…
 (れい様って信じられないぐらい可愛い人なんですね。)
 ぼくのすぐ目の前の屋根に、セグロセキレイがとまって、ちゅりちゅりと鳴いている。すだれのむこうなのでぼくには気づかないのだ。可愛い。だんだんこっちへやってくる。とてもスマートなモノクロの身体、ちゅりちゅりと鳴いている。可愛いとても…

      
 ぼくはとても強烈なショックを受けた。あなたが超美人であり、超可愛い人であることをまるで忘れていた。なぜこんなことを突然言い出したかというと、今日、あなたの出ている本を再購入し、その場で六十七頁を開いた。するとぼくの眼に飛び込んできたものすごい美人があなただったのだ。一冊目のあなたの写真があまりにも悲惨な目にあっていることは以前お話しましたが、なんということだ、ぼくはあまりにも馬鹿だった、印刷なんて、なんともろいものか、昔の画家のモデルのようだと言ったのも、あなたのドットがあまりにも薄くなっていたせいかもしれない、それにしてもなんてことをしたんだぼくは、とても、とても可愛い、あなたに、ふたたび、狂いはじめた。

                (八月四日 夜)
   れい様?お手紙したいと思う気持ちを抑えることは、とてもつらいことです。
   しかし、あなたにうんざりと思われることは、もっとつらいことなんです。
   どうしたらいいのでしょう?

         
 最初のぼくから、もう百年も経ってしまった。あまりの急上昇に、ぼくの呼吸は停止しそうになったが、あなたの人口呼吸によって、ふたたび昇りはじめ、いまでは八千フィートの幻想界を、彷徨っている。すでにあまりにも永い月日によって、ぼくの進み方はリズミカルな蠕動をしている。そしてあなたとの稀な交錯によって、ぼくの心はヒポコンドリシュ(hypochondrisch)な展開を見せた。さらに今、ぼくの脳が到達しようとしている園は、もはやことばによる世界ではなかった。ぼくのくちびるはしだいに閉じていこうとしている。あなたのくちびるの感触を残したままに。
             
 すだれからのこぼれ日が、うつぶしたぼくの腕に揺れる…顎を手の甲にのせて、あなたを見ている。あまりにも焦点が近いので、ぼやけて、あなたがふたりいる。逆光のなかのあなたは、昔の画家のモデルのようだ。アンティークなベッドの、とても白いシーツの上のカルトンの印象的な色と、あなたの衣装の色、壁の色、そして組まれた脚が、だれだったか、ある画家の絵をぼくに思い起こさせた…いつのまにか、こぼれ日はやさしくなって、あなたの顔を照らし、明るく染めた。でも、ぼくはとても暗い顔をしている。憂鬱な夏と、ぼくの言うことを聞かない心と、かってに活動を中止した身体。寝そべったぼくの身が、床に沈んでいく…なんとか起き上がって、カーテンを引いた。あなたがあまりにも輝くから…
            
 あなたへの強烈な想いに、ぼくは、紫色のむくげの花のしおれた姿をしている。
 (ちぢれた青は、うす青のそばに重なり、うす青のちぢれは、とまどって、青の影に隠れた。)
 そして、ことばを忘れた…
 (あなたの姿を、ください。あなたの香りを、ぼくにください。あなたの、心を、ください。) 
       
 ある人のことで頭がいっぱいだと、見えるもの、聞こえるもの、そして思うことがみんなある人の色に溶け込んでしまう。街のなかでは、その人に似た人をさがす。森のなかではその人の香りを、さがす。この部屋のなかでは、すべてがその人への想いで満たされている。ぼくがその人と出逢ってからは、いつものぼくではなくなった。冷たい氷のような心からは、ぽたぽたと雫が落ちる。凍った頭のなかは小鳥が舞い、その人への歌をさえずる。いつもぼんやりとした目玉の焦点は、その人の姿へ、集束した。
 ぼくがある人への想いを強めると、さらに、ぼくはぼくではなくなっていった。氷の心はすべて融けて、上気し、自由を得た首は回転を速めた。結束する視線はその人の姿を焼きつくすかと思えた。そして、さらにぼくの心が成したものに、その人の心とぼくのそれが同化する過程を描き出した。しかし、ぼくはそれ以上先へ進むことを恐れて、この数日間、押し黙っていた。でも、でもあの人のことはとても忘れ去ることはできない。ぼくの心も身体もあの人の色に染まってしまった。あの人は遠く離れた存在だけれど、ぼくのすぐそばに、ぼくの身体のなかに、ぼくそのもののように存在しているから。
        
 やまゆりの花は終ってしまったのに、百合の香りがする。裏庭の白い鹿の子百合の匂いだろうか。西側の窓から香ったような気がする…もう消えてしまった。香りの幻覚かもしれない…ほおのきの枯れ葉の匂いと、レモングラスの香りと、お香の残り香があわさっていたのかもしれない…ぼくの見つめていたあなたの可愛いくちびるが、香りを連想させたのかもしれない…
 …ふたたび、夜が来て、ふたたび、朝が来て…ぼくの夏が過ぎていく。


                七月二十九日 22:55~
                   「忘れえぬ人」記す
       
 なんだかしおれたむくげの花のようになっているぼく。咲きはじめはなんて綺麗だと思われていたのに、もう次の花に場所を明け渡して、草のかげに落ちた。そんなむくげの花もいまは満開になるほどに夏。ぼくの頭はこの暑さのなかでは、まるで、夏枯れの休眠植物のようだ。なにひとつ考えがまとまらずに、夜の光のもとで、頬杖をついて、ぼんやりと、あなたの素足を眺めている……

           
 空気が水飴のように思える。甘く溶けた熱風のなかで、頭はすでに回転を中止して、あなたの幻影の膜を、ぼくのあらゆる心の溶液が滲みでる穴にかぶせた。しかし、とめどもなく滲みでるにごった水晶色のそれは、あなたの顔の部位をその表面にそれぞれ引き伸ばしながら、垂れていく。もはや、ぼくのすべてが融けて、床のうえに染みになる日も近い。あなたとともに融けるのであれば、それもいいではないか。このねばねばの水飴のなかでは、すべてが考えもなく、地に粘りついているように見える。いろいろの音がしているけれども、どれも特徴のないどんよりとした響きで、奇怪に青い天空へ滲みだす。ぼくはすでに眼を閉じて、ある種の羽音を聞きわけていた。それは、ぼくの耳のなかで呻く歯車の軋みにも似て、ぼくの頭をますますゲル化した。一定の間隔で鳴るその羽音は、あなたの睫毛がまばたきする音にも似ていた。そのことを思い出すと、たちまち、ぼくの脳みそは揺れて、さらさらの液体へ急変した。しかし、ふたたび、自身の呻きに掻き消されて、白濁のゼラチンとなった。そして、もはや頬を手のひらでささえなければ、ぼくの首はずり落ちてしまいそうだった。あなたのくちびるの開くのを、そうやって待っていなければならない。ぼくの心は、はたしていつまで持ちこたえられるか、予測すらできないほどに、飽和し、澱んでしまった。
  
           
 郵便が配達されるバイクの音を聞くと、なぜ心臓がどきどきするんだ?もうそれがとっても苦しくって。ぼくは、階段の途中にとどまっている、胸をおさえたまま。あまりあれこれ考えすぎないように、昼間は匂わない蘭の花を嗅いでみる…
 ああ、朝顔の封筒。英国からの種子の小包のうえに乗っかってた…
 れい様の封筒の香り、なにか想い出しそうな気がする。でも、なにも想い出さない。ただあなたのことが、頭のなかをめぐる…
     
 雷の光を見るために、部屋のとばりは開けておいた。ときおり走る稲妻がぼんやりと見えるほどに、ぼくの心もぼんやりとして、とりとめもなく、あなたの顔から眼をそらす。あなたを思わないですむように、伏し目がちな少女の写真を額のなかに数枚ならべて、左上の壁に掛けた。でも、まえにも増して、あなたを連想し、あなたのことで頭が混乱する。アンティークカードのなかの少女たちは、まるであなたのカーディガンと同じ色をしているのだから… 
     
 なんて静かな日なんだろう。朝から雨がときおり降るけれども、裏山に住む一羽のうぐいすの声が、ぼくの目覚めたときより、つづいている。薄暗くなると、遠くのひぐらしも鳴き、静けさが深まる。ふたたび雨が降ると、雨音とヴァイオリンの音が重なって、山の木々は沈黙する…
 きのうより、やまゆりと蘭の原種をスケッチする。白い巨大な花が吐き出す香りに、ぼくはむせながら、注意深く斑点の数を数えた。開きかけた朝の花は美しい。雄蕊たちも正装し、彼女に対して礼儀をわきまえていた。でも今は、すでにレンガ色の彼らは、ぼくの吐息にも揺れて、花粉だらけのむくれた姿で、ぶらさがっている。波打つ花弁のそり返り方は、なんというカーヴを描いているのか…
 蘭は、ブラッサウォラ・ククラータ。なんだか海洋生物的?宇宙生物的?そんな花。夜の一時間だけ香りを漂わすんだ。開きはじめの、烏賊をリボンにしたような形はどう?


                七月二十日 夜
      『おまえはうなだれた薔薇の花』を書きとめる。
         
 やまゆりが咲いた。きのうぼくは白いつぼみのうえに鼻をすべらせて香りを嗅いだ。そのやまゆりが三つ同時に開いた。つぼみは全部で八つ。アップルミントのやぶのなかから、ぼくの胸の高さまで、すらっとしなやかに伸び出て、極めて重い花の房を下げている。雄蕊たちはまだ唇も開かずに、花の中央の雌蕊のまわりをとりまいて、すましている。しかし、すでに香りはぼくの頭の先を狂わせた。花のなかは、大きな黒揚羽を惑わすために、奇怪な斑点を散りばめている。まだその正体を見せてはいないけれど、雌蕊の先が濡れる頃には、黒い蝶と同様にぼくを発狂させるつもりなのだ。
          
…… …… …… ……

      
 あなたからの手紙でぼくは確かに、三日は生き延びられる。そのあとはもう聞かないで。ぼくはもう何も言いたくはない… 
 
           
 手が震えている。鼓動で息が詰まりそうだ。あなたの封書を胸にいだき、二階へあがっていく。銀のナイフで封を開く。便箋の香りがついに、ぼくの息を詰まらせた。机に辿り着くまでに、あらゆる事を考えて、ぼくの脳は血液で充満していたんだ。一文字一文字眼でなぞっていく…
 ふたたび便箋の香りをかぐために、ぼくは鼻を寄せた。あなたの文字が大きく二重写しになって、眩暈がした…
   
ラヴェンダーの穂を摘んで、グラスに詰め込んだ。
もうあなたのことは忘れよう。こんなにも苦しい想いをするならば。
あなたの言葉がいつ届くとも知れない期待と不安の苦しみのなかで、
ぼくの手は、この花のひとつひとつをつぶして、その匂いを嗅いだ。

今夜、月が我が部屋を照らすまえに、ここを去ろう。


          この日、『ひそやかな薔薇』を綴る。
        
枯渇…もうぼくの言葉は、枯れて乾ききってしまった。無数の死骸が散乱するのみ。とても耐えられる状況ではない。自らの死骸を、自らが創り出し、その光景に嘔吐する。

暗闇に眼が慣れると、見たくもないものが見えてくる。色ざめて、だらしなく垂れさがった心。叩き落として、掃き捨てようとするけれど、わけもなく絡みあったそれは、ただ我が指に粘りつくのみ。